読書感想文

 夏の大会が終わった俺たちに残されたのは、毎日こつこつとやっていればそんなに大変でもなかったはずの量の宿題だ。
 大会が終わるまでは練習(と練習後の海遊び)に時間を費やしていたから、毎日こつこつ宿題をやっている奴なんてまずいない(まあ、部活に明け暮れてなくても宿題をこつこつやる人種は限られているだろうけど)。
 だから、夏休みの残りが三分の一になった今、テニス部員はみんな、宿題と立ち向かうはめになったわけだ。
「小学生じゃなくてよかったよな」
 英語(二学期の授業の予習にあたる、新レッスンの日本語訳)担当の聡が、教科書と向かい合いながら呟く。
「そうかあ? 小学校の方が宿題少なかった気がするぞ」
 数学(一学期の復習プリント)担当のバネが、シャーペンを走らせながら返す。
「小学校だと、日記とかあったじゃんか。三年くらいまで」
「ああ、あったなー。その日の出来事は捏造すりゃあすんだけど、天気だけはどうにもならないんだよなー」
 ふたりの会話を聞きながら、歴史(やはり一学期の復習の穴埋めプリント)担当の亮はくすくす笑っていた。
 そう言えばこいつは、みんなが天気が判らなくて慌てている時に、淳とふたり余裕をかましていたと言う過去があったな。周りのみんなに懇願されて得意げにひけらかしていたっけ……ネットで調べただけのくせに。
 ちなみに俺は要領よく天気だけ毎日つけておいたから、双子に頭を下げずにすんだ。
「捏造はよくないのね」
 化学(問題集)担当の樹っちゃんが、ぷしゅう、と弱々しい鼻息で聡とバネを諭すけど。
「でもよー、ほとんど毎日海で泳いでただけだろ。一年の時捏造しねぇで出して、『毎日同じ事を描いてごまかしちゃだめよ』って怒られたぞ、俺」
 それはずいぶん苦い過去だな。
 樹っちゃんも俺と同じ事を思ったのか、寂しそうに笑った。
 まあそんな感じで、俺たちはお互いひとつずつ教科を担当して、写しても大丈夫な宿題を写し合う契約を夏休み前に結んでいたわけで、こうして顔をつき合せてカリカリやっているわけだ。
 が。
「ところで」
 それまでスラスラとシャーペンを動かしていたバネが、その動きをぴたりと止める。
 数学が得意だと自称するだけあって、復習プリントくらい軽々と解くかと思ったんだけど、何か難しい問題でもあったのかな。
「どうした?」
「サエはさっきから、なんでのんきに本読んでんだ」
 バネの言葉に、他の三人も手の動きを止める。
 四人分の視線が俺に集まるもんだから、別に俺はそれくらいで集中力を削がれはしないけれども、仕方ないからしおりを挟んでパタンと本を閉じた。
「夏休み前に、じゃんけんで担当教科、決めただろ」
「おう」
「バネが数学、聡が英語、俺が国語、亮が社会、樹っちゃんが理科。じゃんけんで買った順に好きな教科をとってったじゃないか」
「おう」
「だから俺は、国語の宿題をやってるんだけど?」
 カタン、と小さな音を立てて、バネの手の中にあったシャーペンがテーブルの上に落ちて、コロコロと転がる。
「読書……感想文……」
 あれ。その反応。
 もしかして今まで気付いて無かったのかな。バカだなあ、バネのやつ。
「さすがに感想文は写せないから、みんなそれぞれ自分で考えて書かないとな!」
 俺が必殺の爽やかスマイルを浮かべながら、バネの中に現れただろう不安をはっきりと口にしてやると、バネは硬直する。その向こうにいる聡も、ショック受けた顔をしている。
「……お前、写すだけかよ!」
「そんな事はないさ。俺はこの本を熟読して、みんなにわかりやすく粗筋を説明するよ。みんなは本を読む手間が省けるってわけだ」
「そんだけかよ!」
「そんだけって失礼だな。本を読むのってけっこう時間がかかるぞ。それにこれが楽だと思うなら、自分が国語を選べばよかったじゃないか。じゃんけんで一番に勝ったんだから」
 俺の正論に対する反論の言葉は残されてなかったらしい。バネは乱暴にシャーペンをひっつかんで、数学のプリントに向き直る。
 カリカリと不規則になり続けるシャーペンの音と、亮のくすくす言う笑い声、樹っちゃんの弱々しい鼻息と、聡が英和辞典をめくる音。
 そんな穏やかな空気の中で、俺は再び、物語の世界に入りこんでいった。


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テニスの王子様
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