「あー、明日全校集会か! めんどくせー」 英二は足を放り出すようにベンチに座り、真正直に本音を口にした。 部室の中の雰囲気はほぼ、英二の意見に同調している。桃のように「そうっすよねー」とはっきり声にだしたり、越前のように帽子を少し深めにかぶったり、乾のように軽く頷いたり、同意の示し方は人それぞれだったけれど。 僕も全校集会を楽しいものだと思っていないから、英二たちの仲間に入ってしまうんだろうけど……実際のところ、全校集会って校長先生とかの話をぼんやり聞いていればいいだけだから、面倒くさくはないんじゃないかな。「つまらない」とか「たいくつ」とかの方が正しいんじゃない? どちらにしても否定的な事にかわりはないけれどね。 「こら英二、そんな言い方はないだろう」 中学生代表の英二の意見を、そうやって真正面からたしなめるのは、優等生代表の大石。すると、英二は頬を膨らませた。 「だってホントにめんどくさいじゃん! 校長の話は長いし、つまんないし!」 大石は反論に困って、眉間に皺を寄せる。 英二は勝ち誇った顔をしているけれど、大石が反論できないのは、英二の意見に否定要素がないから……では、ない。んじゃないかな。たぶん。校長の話が長いのは現実だけど、校長の話がつまらないと言うのはあくまで主観でしかないし、今の反応からして大石はけっこう興味深く聞いているみたいだから、どう返していいか判らなくなったんじゃないかな。 確かに校長の話って、同年代での会話では絶対出てこないようなネタで溢れているから、僕もときどきおもしろく感じる。まあ、あくまでときどきだけれど。 「あと毎回校歌とか歌うのもさ〜、歌詞おぼえらんねーって」 それまで英二に同意していた人のうちの半分が、英二に向ける視線を少し冷たくした。 ちなみに、僕も冷たくした方のひとり。 「二年以上もこの学校の生徒をやっていて、まだ覚えてないのか」 無関心を装っていたのか本当に無関心だったのか、ずっと黙っていた手塚が、英二に辛辣な言葉を浴びせる。それは英二に冷たい視線を向けたみんなが、言いたくてしょうがなかった台詞。手塚が言い出すのがあと一秒遅かったら、僕が言ってたよ。 「え!? みんな覚えてんの!?」 「当然だ」 「そりゃ、もちろん」 「早く覚えるようにって一年の時音楽で歌わされたしね」 「加えて全校集会や何かの式の度に毎回歌っていれば、嫌でも覚える確率九十一パーセント。つまり菊丸は残り九パーセントに属すると言う事だな」 「けっこう簡単に覚えられるよね。英二、よっぽど記憶力ないんじゃないの?」 善良な心で真実を述べる手塚、大石、タカさんに続けて、思いきり嫌味をこめて乾と僕が続けると、英二は 「うがー!」 と突然唸った。 せめて言葉をしゃべりなよ。何語でもいいから。 「しょーがないだろ! あんなつまんない歌覚える記憶力なんてないよ!」 ようやくしゃべった日本語は、何て言うか……往生際が悪いと言うか、開き直ったと言うべきか、微妙な感じ。 「校歌なんてどこの学校も似たような感じだし、もうちょっとその学校の特色みたいなの出した方がいいと思わねー? したらおもしろく感じて、覚えてやろっかな、って気にもなるのにさ!」 手塚は完全に呆れたらしい。少しずれためがねを治して、英二に背中を向けてしまう。その時ちょうど納得しつつ頷いている桃が目に入ったのか、たしなめるようにキッと睨みつけると、桃はビクッと体を強張らせて、何事もなかったように眼を反らした。 だだっこみたいな英二の意見なんて無視しちゃえばいいのに、そう言うところ本当に人がいいと言うか、容量が悪いと言うか、大石とタカさんは顔を見合わせて黙り込んでいる。 「ふむ。それは一理あるかもしれないな」 僕は勝手に、乾は手塚と同じく何もなかった事にして流してしまうんじゃないかと思っていた。けれど意外にも、少し感心したと言った口調で英二に同意して、深く頷いている。 「青春学園などと言うインパクトのある校名をつけておきながら、校歌は平凡極まりないと言って良いくらいなのは、確かに納得がいかない」 それとこれとは、別問題じゃないかな。と思ったけれど。 「いっそ生徒総会で問題として取り上げて、学校側に変更願いを出してみたらどうだ?」 無駄に話が大きくなっておもしろそうだから、放っておこうかな。 けど肝心の生徒会長が「馬鹿馬鹿しくて相手にもできない」って姿勢を崩しそうにないんだよなあ。これ以上話は大きくなりそうにないか。残念。 「インパクトのある校歌と言えば……俺も聞いた事がある」 突然大石がそんな事を言い出して、あたりがしんと静まりかえる。 あれ。そう来るんだ。真っ先にに「馬鹿な事を言うな」って注意するかと思ってたのに。 ほら、手塚もタカさんも当の英二もびっくりしてるじゃないか。 「どこの県だか、中学だか高校だかも忘れたけど、校歌が十八番まで延々と続く学校があるらしいんだ。全部歌い切るのにものすごく時間がかかって、貧血を起こして倒れる生徒も居るらしい」 ここまで来て僕と乾も驚いた。 大石がそんな事を知っている事に驚いたような、そんな事を真面目に語っている事に驚いたような。 とりあえず間違いないのは、大石が英二に校歌を覚えてもらおうと本気で思っている事、かな。 「更に上を言って二十番以上にしたらどうだ? これならすごいインパクトで、英二だって……」 「そんなもん覚えられるか!」 英二は大石の言葉を途中でさえぎって、大声で否定した。 そりゃそうだよね。僕だって覚えられそうにないもの、そこまでやられたら。 けど。 「そうか……」 そんなに寂しそうに言われると、ちょっと申し訳なく思えてくる。大石にとっては名案だったんだろうし、大石は、そして手塚あたりは、それでも校歌を丸暗記しそうだし。 直接口にしていない僕ですらいたたまれない気持ちになったんだから、言った本人はもっとやりきれないんだろうね。 「いいよ、校歌なんて、つまんないままで! それでも俺、ちゃんと明日までに覚えてくるからさ!」 なんて事を慌てて言い出す始末。 「そうか」 大石が満足そうに微笑んだ。 それを見て英二も嬉しそうに笑う。 つられるように部室の中も優しい空気になったから、まあ、終わりよければすべてよし、って事なのかな。 そうやって綺麗にまとめるには、ばかばかしすぎる気もするけれど。 |