去り際の一発

 俺と目が合えば、大きな目を精一杯鋭くつり上げてにらみつけ、わざとらしくぷいっと顔を反らす。
 朝練の時から放課後まで、そんな風に剣太郎の俺に対する態度は一貫して異常だったから、なんだかんだで気のつくバネあたりは、
「お前剣太郎と何かあったのか?」
 とか心配して聞いてきちゃうんだよな。
 そんなバネの声が聞こえちゃったのか、平和の象徴みたいな樹っちゃんの笑顔が、ちょっと強張った。
「何か、ねえ」
 あったと言えばあったんだけど。
「大した事じゃないよ」
 ここで俺はわざと、けれどさりげなく声を大きくして、俺に背中を向けていた剣太郎にも聞こえるように答えた。すると剣太郎は、「それは聞き捨てならない」とばかりに振り返り、俺の方にずかずかと歩み寄ってくる。
「サエさんにとっては大した事なくても、ボクにとってはものすごい大した事だったよ! 昨日の事はね!」
 ビシッ、と俺に指を突きつけてくる剣太郎の手が気に入らなかったので、俺は笑顔でそれを掃った。
 やっぱり人を指差しちゃいけないよな。しかも、こんな至近距離で。
「昨日の事?」
 バネが突然呟いて、首を捻った。
 ああそうか。俺と剣太郎、昨日部活が終わるまではいつも通りだったし、帰りは剣太郎と一緒じゃなかったし(昨日は俺、バネとダビデと三人で帰ったからな)、バネの知る限りの「昨日」に、問題が見つからなかったから不思議なんだろう。
「昨日ちょっとさ、夕飯が外食でね。焼肉食べに行ったんだ。そしたら剣太郎んちも来ててさ、せっかくだから一緒のテーブルで食べようって話になるじゃないか」
 行った焼き肉屋はバイキング形式で、食欲旺盛な部活帰りの中学生はそりゃもうたくさん食べるだろうと、俺たちふたりは一番肉とかを取りに行きやすいテーブルの端においやられて、向かい合って座ったんだ。
「そしたらさ、サエさん、ボクが焼いてた肉、片っ端から食べちゃったんだよ!」
 剣太郎の最初の訴えは、周りの興味や同情を引くには充分すぎるパワーがあった。
 樹っちゃんは寂しそうな顔で俺を見るし、バネは「お前最低だな!」とでも言いたげな目で俺を見下ろすし、亮はいつもどおりくすくす笑っていたけれど、聡は「かわいそうにな」とか言いながら剣太郎の頭を撫でてやってる。
 ダビデは――ダジャレを考えてる。うん、放置だな。
 しかし、傍観者のみんなは詳しい状況を知らないからともかくとして、剣太郎はなんでそんなに怒るかね。俺が腹いっぱいになってからは、ひとりで思う存分食べられたじゃないか。
「俺は生すぎず焼きすぎずな絶妙な焼き加減で肉を味わいたかっただけだよ。いくらバイキングの安物とは言っても、おいしく食べてあげないと肉に失礼じゃないか」
「自分が焼いたのだけおいしく食べてればいいだろ!」
「とか言ってお前、俺に取られるか取られないかギリギリのタイミングで肉を食べる事にスリルを感じて楽しそうにしてたじゃないか」
 俺の反撃は、なかなかに功を奏したらしい。
 剣太郎は言葉につまり、樹っちゃんは寂しそうな顔を俺じゃなく剣太郎に向け、バネは中立になったのか腕を組んで考えこみ、聡は剣太郎の頭を撫でるのをやめる。
 亮のくすくす笑いとダジャレを考えるダビデに変化はなし。
「でっ……でも、全部とられちゃったら、スリルとか楽しむ状況じゃないしっ!」
「俺は悲しいよ。お前は試合の時、わざと自分で0−4とかに持ちこんで居るくせに、そのまま0−6で負けたら相手のせいにするんだな。情けない。本当に情けない」
「サ、サエさん先輩なんだから遠慮してよ!」
「あれ? 剣太郎は先輩だからって俺を敬ってくれたかな? それなのに後輩だからって可愛がらないといけないのかな?」
「や、焼肉はボクの好物なのに! サエさんは焼きうにとおから食べてればいいじゃんか!」
「焼き肉屋にはおからは置いてないからなあ。焼きうには高いところに行けばあるかもしれないけどさ、あんな食べ放題千円ちょっとのバイキングじゃなあ」
「肉ばっかり食べてると、おからやうにに嫌われるぞ!『裏切りもの』って!」
「おからもうにも心が広いから、俺が多少浮気しても許してくれるんだよね」
 そこで剣太郎は、些細な攻撃材料も含めて全て失ってしまった。
 困ったように周りを見回すけど、ダビデは考え付いたダジャレを言って楽しそうだし(喜ばしい事に俺は聞き逃した)、バネはダビデへのツッコミで精一杯だし、樹っちゃんと聡は完全に中立でノーコメントだし、亮は「サエは大人気ないなあ」とかいいながらくすくす笑っているだけで、誰も剣太郎の味方にはなってくれない。
「う〜……」
 剣太郎は最後に一度、俺をキッと睨み上げて、
「サエさんなんて、おからの食べ過ぎで干からびればいいんだ!」
 そう怒鳴りつけると、コートを飛び出して走り去ってしまった。
 ……ああ。
 たまらないよなあ、剣太郎の、やり込められたあとの去り際の捨て台詞。
 いつもいつも頭悪すぎて、ドキドキするよ。


お題
テニスの王子様
トップ