九回表、2ー1でウチのリードって、そんな展開でこれかよ。勘弁してくれよ。
 これまでは三打席三振に押さえてたんだけどな。石田は馬鹿みたいに図体がでかいしパワーもすげえから、たまに当たるとでかいんだ。
 力一杯振りきられたバットは俺の投げたボールを空高くへ運ぶ。体育の授業のグラウンドでの試合じゃあ、厳密に言えばそんなもんはねえんだけど、場外ホームランってやつだ。
 外野にいる連中も追いかけるのをあっさり諦めやがった。俺が外野でもそうしただろうけどな。だからバッターだった石田と、一塁に出ていたナントカとか言う奴(石田と同じクラス)は、のんびり走ってホームベースに戻って行く。
 逆転された。これで2−3だ。ここまでけっこういい感じだったのになあ、チクショウ。
「いくらなんでも飛ばしすぎだろ石田! ボール、誰が拾いにいくんだよ!」
 石田が一塁と二塁の間を走っている頃、俺が怒鳴りつけると、石田はのんびりとした口調で、
「神尾が取りにいったら一番早いんじゃないか? リズムにHigh! でさ」
 とか言いやがるし!
 本来なら外野連中が走るべきなんじゃねえかとは思ったけど、ああも見事にかっ飛ばされたあとまで人任せにすると、自分からピッチャー買って出といてなんかカッコ悪い気がしてよ。
「ああ判ったよ! 俺が取りにいけばいいんだろ!」
 俺がそう吐き捨ててボールが飛んで行った方向に走り出すと、二塁三塁間を走る石田とちょうどすれ違った。

 窓ガラスを割ってなかったのが奇跡だよな。
 石田の打ったホームランボールは当然グラウンドを飛び出して、グラウンドと校舎の間の舗装された道の上に落ちていた。目の前は音楽室で、まあここまで来たのは転がったからなんだろうけど、それでもあと数メートル飛ばしていたら音楽室の窓ぶちやぶってたんじゃねえかな。
「あのバカ力」
 本人が居ないのをいい事でつぶやいて、俺はボールを拾う。
 ボールを手の中で少しいじくって、さ、試合はまだ終わってないし、次の攻撃でなんとか逆転しないといけねえし、帰るかなって振り返った時に、窓ガラスの向こうから突然歌声が響き出した。
 音楽室だし授業やってんだから、歌い出すのは当然の事だし、気にするようなことじゃねえけど、俺が歩き出す事ができなかったのは、その歌声の中に聞き覚えのある声が混じってたから。
 席が一番窓際だから聞こえやすいってのもあるかもしれない。でもそれだけじゃなくて、その声は低いけどとても通りが良かった。
 俺が、俺たちが、たぶん一番好きな声。
 俺はもっかい振り返る。振り返って、一枚の窓ガラス越しに声の主を見つめた。
 背が高いからその席確定なのかな。一番後ろの席で、ぴんと背筋伸ばして、歌ってる。
 冬の終わりに近付いて、少しずつ温かくなっている空気と混じる事で俺をとても悲しい気持ちにさせる歌を、真剣な目で、一生懸命、歌ってる。
 そっか。そうだよな。
 全校生徒とか保護者とかが集まるちゃんとした式で歌う歌だし。練習、するよな。しないといけないよな。
 しょうがないけど。
 しょうがないけど。
「……歌わないでくださいよ、橘さん」
 そんな、卒業生しか歌わないような歌。
 橘さんの声では、聞きたくないんです。


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テニスの王子様
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