みんなの中で一番小さい体なのに、みんなの中で一番頑張ってる姿とか見ちゃうと、なんとなく微笑ましくなるのが人情だよねえ。 二、三年がコート全体を使って打ち合っているから、ボールはあちこちに飛び散ってて、それを一生懸命拾ってる一年生たちはたくさん居るけれど、彼は一番目立ってる。 でもさ、やっぱり頑張りすぎはよくないと思うんだ。ほどよくリラックスしないとね。 「壇くん!」 俺が名前を呼ぶと、壇くんは抱えていたボールを全部カゴに放り込んで、ぽてぽてと俺の所に駆け寄ってきた。 「なんですか? 千石先輩!」 そんな平和でつつましく幸せな一日の終わりに影をさすひとりの人物が居た。 「……はあ」 あ、まただ。 俺、さっきから何度もため息聞いてるよ。この調子なら教室でも吐きっぱなしだったんだろうし、いったい今日で何回ため息吐いてるんだろ。 「ため息吐くとラッキーが逃げちゃうよ!」とか、「ため息吐くと寿命が縮んじゃうよ!」っていっつも言ってるのになあ。なんでそんなにため息吐く事があるかね。 「南、どうかしたの?」 さすがの俺も気になっちゃって、頬杖ついて虚ろな目で窓の外を眺めてる南に、声をかけてみる。 南はゆっくり俺を見て、すぐに元通り窓の外に視線を投げてから、 「……はあ」 とまたため息を吐いた。 なんて言うかさあ。そんな態度とられるとさあ。 オトナで心優しいこのラッキー千石さまも、むかーってくるよなあ。 俺はにこにこした笑顔で南に近付いて、俺が近付いた事なんて気にも止めない南の背後に回って、こめかみにそっと拳を押し当てると、ぐりぐりとうめぼしをかましてみた! 「いてっ! 痛いって! 止めろ千石!」 それまでずっとぼんやりしていた南が、突然過剰反応する。そうだよねー、地味に痛いんだよね、コレ。南にピッタリの罰ゲームだよね。 とりあえず、まあ、最初だし。 俺はパッと手を離して、振り返る南をにこにこと見下ろす。 「何するんだよ!」 「それはこっちの台詞だって。南ってばこっちを気を引くみたいにわざとらしくため息吐いといてさ、何があったか聞いたらだんまりなんて、失礼極まりないよホント」 俺が珍しく正論を口にしてみると、南は返す言葉もないみたいで、ぐっと黙り込む。 ちょっと恨みがましげに上目使いで俺を見上げたかと思うと、今度は軽くため息吐いて、 「……悪かったよ」 ものすごく素直に謝ってくれた。 うんうん、やっぱり南はそうでなくっちゃね! 「で? 何があったのさ」 「それは……」 「言えないような事なの?」 「……」 南はしばらく黙り込んでたかと思うと立ち上がって、窓際に歩いて行く。窓からきょろきょろと周りを見渡して、満足そうに頷いてから、今度は入口の方に近付いて、ドアをあけて周りを確認してから、もっかいドア閉めて、鍵をかけた。 そこまで確認しなきゃいけないくらい、トップシークレットなわけ? 南の話って。 「ここだけの話だぞ。誰にも言うなよ」 「うん」 俺が素直に頷くと、南は元の椅子に座る。 両手を組み合わせて、その上に顎を乗っけて、ものすごく神妙な顔だ。 「東方のヤツな」 「うん」 「年齢、ごまかしてたらしいんだ……」 部室の中に、長い長い沈黙が流れた。 「……ふうん」 「ふうんって、それだけかよ!」 俺が地味な反応をしたのが不愉快だったのか、南はドン! って机に手をついて、立ち上がって熱弁した。 「それだけって言うかさ、東方の場合、十四歳であるコトのが無理があるわけだからさ、年齢ごまかしてましたって言われて驚くどころか、妙に納得しちゃうんだけど」 「うっ……」 南はぐっと黙り込んだ。やっぱり、返す言葉がないんだろうな。 十四歳に見えないなんて(あ、南はもう誕生日過ぎてるから十五歳か)、それは東方だけでなく南もだと思うんだけど、南は自分の事をすっかり棚にあげてるんだろうな。 「東方の中学生らしいところなんてハンバーグが好きなトコだけだろ?」 「確かに……いや、でもな!」 南は一生懸命何かを俺に訴えようと、わけの判らない動きをしてみせるんだけども、肝心の口はちっとも動かない。 そりゃ、さびしい事だとは思うけどさ。 なんだかんだ言って俺たちはやっぱ、学校生活が主体だからさ、学年が違うってけっこうでかいなあと思うし。 南はずっと東方とダブルス組んできたわけだし。東方が実年齢で生きていく事を決めたら、少なくとも今年はダブルスを組めないわけだし。 でもさ。 「東方にこれ以上無理させちゃ、かわいそうだよ」 「……ああ」 苦しそうに吐き出される声。 「本当のあいつに、戻してあげよう?」 南は、右手でぐっと拳をつくって、それを自分の胸元に引き寄せた。 色んな葛藤があるんだろうなと思う。今までの繋がりを全部断つ事にもなるわけだしさ。 「……ああ」 いっそう辛そうな声で、南はそれだけ吐き出すと、力無く崩れ落ちるようにして、椅子に座る。 ……さて。 「南さあ、その話、誰に聞いたの? 本人?」 「え? いや、壇にだけど……」 南は「何でそんな事聞くんだ?」って聞きたそうな、とぼけた感じの顔をする。 俺はにこにこ笑って、ぽん、って南の頭に手を置いた。 なんかおかしいと思ってたんだよね。やっぱりそうなんだ。 「あのさ、その話壇くんに言ったの、俺なんだよね」 「……え?」 「いつも一生懸命頑張ってる壇くんをリラックスさせてあげようと思って言った、冗談なんだけどさ! いやあ、まさか本気にするとは思わなかったなあ」 えへへ、と笑ってごまかせたらなあ、なんて、淡い期待をいだいちゃったりする俺なんだけど。 南がぽかんと口を開けて俺を見てた時は、あれその期待は現実になるかななんて思っちゃったりしたんだけど。 「……一度、死んでくるか? 千石」 世の中そんなに甘くないんだよねえ。残念! |