三口くらいで麺を全部食べ尽くすんじゃないだろうかと思うくらいの勢いで、バネはずるずると麺すすりこみ、麺と具を全滅させてから残ったスープを流しこんでいる。 バネがスープを飲み干すのとほぼ同時くらいかな。いいかげん誰か家で買い換えて古いやつを寄付してくれないかな、と思わずにいられないほどボロボロの電子レンジが、チン、と音を立てた。 俺が部室に来た時にはもう食べ初めてたからしょうがないけど、俺がパスタあっためてる間にラーメン食べ終えるってのはどうなのかな、と思わない事もない。バネの隣でもそもそ食べてる樹っちゃんが家から持ってきた弁当も半分以上はなくなってたし、まあいいのかな。 「スープを全部飲むと塩分のとりすぎて良くないって、この間テレビで言ってたよ」 俺は電子レンジをあけて温めたタラコスパゲティを取り出しながら、先週聞いた情報をぽつりと漏らす。部室の真ん中にたったひとつだけある机を占領してパスタのフタをあけると、いい匂いだけどどうも生臭い顔りが、部室の中に広がっていった。 「うるせえ。スープ飲めないラーメンに何の意味があるんだ。だいたいお前だってラーメン食う時、スープ残してねえだろ?」 うん、だってさ。 「スープを外まで捨てに行くの面倒だから」 正直に答えると、バネと樹っちゃんは少し呆れたように笑い、亮はくすくす笑った。聡は何の反応もせず、黙ってパンにかじりついている。暑くてぼんやりとしてるのかな。 「ほら、スポーツ選手はしっかり塩分補給しないといけないし」 なんかむりやりくさい言いわけだけど。 「そりゃそうだな」 納得してごまかせたみたいだから、言い事にしておこう。 自分で言っといてなんだけど、この歳で塩分の事気にして食事してるやつなんていないよな。もしかしたら家で食べてるご飯は親が気にかけているかもしれないけど。親父のやつ、この間の健康診断で何かひっかかってたみたいだし。 「あ、ゴミ、入れるか?」 バネはラーメンと一緒に買ったらしいパンと引き替えに、空になったカップと使い終えたわり箸を突っ込んだビニール袋を、みんなの中心に放り投げる。亮がそれを拾い上げて、食べ終えたサンドイッチの袋を捨てたところで、 「こら! ダメじゃないか、バネさん!」 暑苦しい夏を更に暑くしかねない我らが一年生部長が、ビシッ! とバネを指差して、元気良く叫んだ。 そんな剣太郎の隣に居たダビデまで、うんうんと頷いている。 「……今日の俺、なんかダメか?」 疑問に思うなら言った本人(つまり剣太郎)に聞けばいいのに、俺たちに聞くのか。気持ちはとてもよく判るけど。 「いつも通りだと思うのね」 「ダメなんだとしたら、いつもダメ人間だよな」 「……そいつはどうも」 バネはひきつった笑みを浮かべた。 「あのさバネさん、ボクはね、思ったんだよ。世間の流れにはちゃんと乗らないといけないなって」 俺たち三年は全員、ぐっと拳を握り締めて熱弁する剣太郎に、生温かい視線を送る。 判りやすく訳すと、モテるために流行りは抑えないといけないって事かな。 「ダビデもね、現代人の心を理解してはじめて、本当の笑いを手にできるって」 俺たちは生温かい視線を、剣太郎からダビデに移した。 ダビデが本気で現代人の心を理解するつもりなら、そのダジャレをやめるのが第一歩だと思うけどね。 「だからボクらは、今日から環境問題に取り組む事にしたんだよ! ひとりひとりがゴミの分別! レッツリサイクル!」 ……はあ。 俺たちは生温かい視線の行き場に困って、顔を見合わせた。 環境問題で気が引ける女の子って、ものすごく限られている気がするけどな。 いや、心がけは悪くないよ。環境問題は今色々言われてるし、大事な事だからね。 でも、うちの市のゴミの分別、燃えるゴミと燃えないゴミだけなんだけどな。缶とかペットボトルはリサイクル活動で集めていた気がするけど、ラーメンのカップとわり箸じゃあ、ここで分別したところで捨てるゴミ箱は同じだ。 たぶん考えている事はみんな一緒で、反応に困っていると、ダビデがずいっと一歩前にでた。 「環境問題をちゃんと考えないと、いかんきょう……プッ」 「だから、それをやめろっての!」 バネは素早く立ち上がり、ダビデの後頭部にハイキックを入れる。以前人死にが出そうで危険だからって、部室の中では回し蹴りを禁止したんだけど、それをちゃんと守ってるみたいだな。偉い偉い。 しかし、ダビデの反応はいつもと一味違った。蹴りが甘いから……じゃあないと思うんだけど。 ふっ、と不敵な笑みを浮かべると、ぶら下げていたビニール袋から何かカップに入ったものを取り出し、みんなの前に差し出す。 「?」 「……ババロアなのね」 樹っちゃんがそう口にした瞬間、バネの表情が険しくなった。何かひらめいたんだろう。乱暴にダビデの肩を掴んで、自分の方に振り向かせている。 あ。 俺も何となく判ったかもしれない。 「おい、ダビデ」 「うぃ?」 「『ジジイが食ってもババロア』つって、更に『ネタのリサイクル』とか言うつもりじゃねえだろうな」 バネが気迫のこもった声で言うと、ダビデは切れ長の目を大きく見開いて、 「……何で判った!?」 心底驚いた顔して、そう言った。 バネは一瞬だけ何の反応もしなかったけれど、すぐにダビデの手からババロアを奪い取って、もう一度袋の中に戻して、それから袋ごと奪い取って、その辺に置く。 「ちょっと、来い。話がある」 「ここで話せば?」 「ここじゃ駄目なんだよ」 首を傾げるダビデの腕を強引に引っ張って、バネは部室を出ていく。 もちろん、パタンと部室のドアが閉まった直後に、豪快な音が部室の中にも届いたよ。 へえ。部室内回し蹴り禁止例を律儀に守ってるんだな。感心、感心。 |