今のテニス部が無事に創立した時に、橘さんは少し照れくさそうに笑って、「たった七人きりの部だが、力を合わせて頑張ろう」って言ってたっけ。 それから俺たちは本当に七人きりで力を合わせて頑張ってきた。いや、違うかな。七人きりって言ったら、杏ちゃんが怒るし、悲しみそうだからね。 でもやっぱり男子テニス部員と言ったら七人なわけだし、だから俺たちにとって幸運の象徴でもある七と言う数字が大切なものである事に間違いはない。 だから、そんな話になったんだ。 「あれ? 橘さん。雨、やんじゃったみたいですよ」 部室の一番奥の窓から外を覗いて、アキラが言う。 練習も終盤近くになった頃に激しい雨を呼び寄せた雲は、あっと言う間に通りすぎてしまったらしい。さっきまでの雨が嘘みたいに、雲間から明るい光が覗いてる。 「練習、再開します?」 アキラの問いかけに、橘さんはちらっと時計を見て、 「今日はやめておこう。今コートに出てもコートを荒らしちまうだけだからな」 「……そうっすね」 なんとなくアキラは寂しそうだった。 そうだよなあ。一応もう練習終了を予定していた時間にはなっているけど、まだ全然明るいし、体力も余ってる感じだし。少しもの足りない気もする。 「――あ」 つまらなそうに空を見上げるアキラが、突然何かに気付いたみたいで窓ガラスに貼り付いた。 「すっげ、橘さん! 虹、出てますよ!」 アキラは橘さんに言ったけど、反応したのは橘さんよりもむしろ他のみんなで、石田や桜井は堂々と、内村はこっそりと窓に近付いて、アキラが指差す虹を見上げる。 本当だ。本当に出てるや、虹。 こう言うのって滅多に見れないから、なんか、嬉しいな。練習を途中で切り上げる事になったのは残念だけど、それを補ってあまりある気がする。 「橘さんは、緑ですね」 みんなが何となく黙って虹を見上げてる中で、突然そんな事を深司が言い出すから、みんな胡散臭げな目で深司に振り返る。 「深司お前、突然何言ってんだ?」 「別に、ただ何となく、虹って七色だなあと思っただけだよ。だから橘さんは真ん中で、緑」 何か文句あるの? とでも言いたげな深司に、みんなそれぞれ文句と言うか言いたい事はあるんだろうけど、何にも言えなくて。 そうだよね。 橘さんが真ん中なのは、まあ、当然だもんね。 「……石田、でっかいから、はじっこな。赤か紫」 「なっ、なんだよそれ! 差別だろ!」 はじっこが嫌なのか赤や紫が嫌なのか、石田にしては珍しくむきになって反論してる。 「あーでもよ、内村は前衛キラーだから赤だろ? そしたら石田は紫じゃんか」 「なんで前衛キラーだと赤なんだよ! 勝手に決めんな!」 「一番小さいからいいんじゃない。端で」 「てめ深司ぶっ殺す!」 なんかさあ。 うん、ケンカするなよとかは言うつもりはないんだ俺も。内村もアキラも、ケンカする事そのものを楽しがってるんだろうなとか思うし。 でもさ、そんな事でケンカしなくてもって思っちゃうよね、どうしても。 「まあ、隣の橙色が森なんだだから、いいじゃんか」 あれ。俺、いつのまに橙色に決まっちゃったんだろ。別にいいけど。むしろどうでもいいけど。 内村もなんか、ムキになるのが馬鹿らしくなったみたいで、暴れるのをやめてくれたし。 「でもそうなると藍色が桜井だよ?」 「え? 俺、紫決定なのか?」 「藍色か〜……どうだろうな」 桜井は腕を組んで考え込む。 そうすると深司とアキラがふたりして桜井の方を見て、 「いいんじゃない藍色。渋くてカッコいいよ」 「おう! 桜井! 藍色似合うぜ!」 なんて絶賛するんだけど。 深司が橘さん以外の人を褒めるなんて有り得ないし、アキラはなんかすごくわざとらしいし、何企んでるんだろうなあと思ったら、そうか。 桜井が藍色になれば、緑の両隣が開くんだ。だから桜井に藍色進めてるんだ。 「まあ、いっか。藍色で」 桜井が藍色である事を受け入れたのは、ふたりに絶賛された事で調子に乗ったと言うよりは、戦線離脱した方が賢いと判断したように見えるけど、本当はやっぱり調子に乗っただけかもしれない。よく判らないなあ。 とりあえず桜井が藍色に決まった事で、アキラも深司も満足したみたいで、ぴったり同じタイミングでお互いに振り返る。 「じゃ……」 「じゃあ俺が青だね」 深司はアキラの言葉を遮って自分を主張した。 深司がこう言うの拘るのも意外だけど、よく考えたら言い出しっペなもんね。拘ってくれないと、巻きこまれた他のみんながかわいそうかな。 「んなっ……勝手に決めんなよ深司! 俺だって青がいい!」 「何それ、勝手な事言ってるのは神尾の方だろ。残ってる色何だか判ってる? 青と黄色だよ? 黄色なんて頭の悪そうな色、俺に似合うと思う? 思わないだろ? それに神尾にはあの頭の悪そうな色、良く似合うだろ? ほら、俺が青で神尾が黄色であるべきなんだよ」 青と黄色のどっちがどっちに似合うかを聞いてみたら、たぶんみんな、アキラが黄色で深司が青って言うとは思うけどさ。 頭の悪そうな色ってのは、どうなのかな……。 明るい色とか言えば、アキラだって素直に現実を受け止めたと思うんだけど。 「てめえ! 俺をバカバカ言うな!」 「言ってないよ。バカっぽい色が似合うって言っただけだよ」 「言ってるようなもんじゃねーか!」 あーあ。またケンカがはじまっちゃったよ。 橘さんも桜井も石田も、「ほっとくか」って感じで、内村は「相手にしてられっか」って感じで、窓際を離れる。俺もコッソリとその団体に混じって、いがみあうふたりの会話を背中ごしに聞いていた。 気付けば虹は消えていて、あの七色はそんなふうに儚いんだなあとか思いながら、だけど俺たちはどうなのかな、とか、ふと思ってしまった。 「ふふっ」 考えていたら楽しくなってうっかり笑ってしまったら、驚いた目で橘さんとか内村とか桜井とか石田が俺に振り返る。 やば。 「あ、なんでもない! 何でもないから!」 俺たち七人の絆は、あんなに綺麗じゃないかもしれないけど、もっとずっとしぶとくて、逞しいんじゃないかな、とか。 そんな今更な事は、言わないよ。うん。 |