朝から晩までテニスをしているのは、もちろん、楽しい。 けれど連日三十五度を越えるようは日々には、テニス以外のもので少し息抜きをしたいのも本音だ。 息抜きと言うよりはむしろ、体を冷やしたいとか、汗を流したいとか、そっちに近いかもしれない。 「極楽、極楽」 おざなりな準備体操をしたかと思うと真っ先にプールに飛びこんだバネは、まずは全力で泳ぎはじめるかと思えばそうではなく、ただ水に浸かってその冷たさを全身で味わっている。 ……プールに、入ってるんだよな? なんだその温泉に浸かってるみたいな口ぶりは。しかも親父くさいし。 「俺は死んだら天国に行くだろう……へぶん」 バネは、ダビデが口にした今までの中でも最低レベルと言っていいダジャレを耳にすると、ゆっくりと水の中から這い上がり、 「判りにくいんだよ!」 鮮やかな回し蹴りをダビデに食らわす。 その衝撃でダビデがプールの中に飛び込むと、あたりに雨のように水飛沫が広がった。 「あ、なんかいいね、それ!」 ダビデを蹴り落として満足したバネが、再びプールの中に戻ろうとした時、剣太郎はとてとてとプールサイドを走ってバネたちに近付いた。 ところで俺たち、「プールでしては行けない事」のいくつをすでにやってしまってるんだろう。怪我さえしなければいいけどさ。 「なんだよ、お前も蹴り落とされたいのかよ」 「絶対いやだよ! そんなのダビデだけで充分だって! あはは!」 悪気はないのは判っているけれど、「そんなの」扱いされてしまったダビデは、水面に鼻より上だけ出しながら少しだけ凹んでいた。 うーん。プールに入る前に洗わせた長めの髪がゆっくり広がっていく様子は、少しホラーだな。 「そうじゃなくてさ、パフォーマンス、って言うの? あ、そうだ! ボクらもさ、全国大会が終わったらシンクロやろうよ!」 無邪気な剣太郎の笑顔を横目に、バネはプールの中に戻り、ダビデは再び水の中に頭の先までもぐる。 「なんだよー! ちゃんと話聞いてよ!」 「ねえ樹っちゃん、二十五メートル、競争しない?」 「あ、サエさん! そうやってちゃっかりボクから逃げようとしてるでしょ! そうはさせないよ!」 ばれたか。 「いいじゃん! 男子シンクロ! すっごい楽しそうだよ」 剣太郎はめいっぱい両手を広げて、プールの中に入っているやつら、プールサイドにいるヤツら全てに訴える。 笑顔には一点の曇りもない。 それが剣太郎の凄いところではないかと俺は思う。 「確かもてるんだよな。男子シンクロ」 俺が負けじと笑顔でそう切り返すと、 「……ばれた?」 剣太郎は少しだけ照れくさそうに、けれど笑顔を曇らせる事なく頭をかく。 「剣太郎の思考回路はダビデの次に判りやすいのね……」 「あはは、樹っちゃん、上手い!」 「えー、ボク、そんなに単純かなー」 プールサイドの俺たちの会話に耳を傾けていたダビデは、何か救いを求めるような目でバネに視線を向けていたけれど、バネはダビデの頭をがしがし撫でてやっただけで、泳いでどこかに去って行った。 無言のぶん、余計に傷を抉ってる気がするけど、気のせいかな。 まあいつもの事だから、ダビデもすぐに復活するだろうけど。 「なあ剣太郎。仮にお前の考えが現実になったとしてもさ。プールサイドの派手などつき漫才って、確かに見た目派手で目を引くかもしれないけど、そうなったらやっぱりバネやダビデの独壇場だろ? せっかくやっても女の子の人気はあのふたりが持っていっちゃうんじゃないか?」 俺が率直な意見を口にする。 俺のとなりで、樹っちゃんがうんうんと頷いている。 あのふたりは背も高いし体格もいいから、それだけで目を引きそうだしな(プールなんて露出度の高いところじゃ余計に)。加えて一番派手なパフォーマンスなんてやられたら、剣太郎の存在なんて簡単に霞んでしまいそうだ。 「やだよボク、あのふたりの引き立て役なんて!」 「ああ、俺もそれは絶対嫌だよ」 「サエ、それが本音なのね……」 「あ、ばれた?」 俺が笑ってごまかすと、樹っちゃんは呆れちゃったみたいで、しゅぽーっ、と鼻息を出した。ため息みたいなもんかな。 「よし、じゃあ、サエさん!」 剣太郎はがしっ、と俺の手を両手で掴む。 「ボクたちふたりで、あのふたりを上回るパフォーマンスを完成させよう!」 俺を見上げるひたむき眼差しは、想像以上に真剣だった。 きらきらと輝いてる瞳は、純粋な気持ちで目標を追いかけている証だ――その目標の先にあるのは、これ以上ないほど不純なのにな。 「剣太郎」 俺は笑顔で剣太郎の手を握り返す。 そうして剣太郎の笑顔がいっそう明るくなるのを確かめてから、 「断わる」 思いきり力を込めて、プールに目がけて剣太郎を放り投げた。 高くはねて降り注ぐ水飛沫は、ほんの数分前を思い起こさせる。ダビデの時ほどすごくならなかったのは、剣太郎がダビデより小さいからか、放り込む勢いが弱かったからか。きっと両方かな。 「何するんだよー、サエさん! 酷いよ!」 「いやあ、ずっとは無理だからせめて一度くらい付き合ってあげようと思ってな」 「もう! 覚えてろよー!」 剣太郎は、そんな三流悪役みたいな捨て台詞を残すと、ものすごい速さで泳ぎ去っていった。 ……剣太郎も、それからダビデも、いいかげん自覚すればいいのにな。 そんなおもしろすぎるリアクションをするから、みんなにからかわれちまうんだって。 |