英二は心底悩んでいる。 明日世界が終わってしまうわけでもないんだから、こんな事で悩まなくてもいいのにと言ってやりたかったけれど、言ったら機嫌を損ねて余計に悩むのは明らかだった。 「じゃあ英二、俺、レモンもらうね」 「どーぞー」 「僕はイチゴにしてみようかな、久しぶりに」 「むう」 六人が囲うテーブルの上にずらりと並べられたかき氷シロップは全部で六本。その中からレモンとイチゴのシロップを、タカさんと不二が手に取る。 残っているのは、メロンと抹茶とブルーハワイとみぞれだ。 「手塚は抹茶が妥当だと思うが」 六種類のシロップを前にして眉間に皺を寄せていた手塚が気になったのか、乾が抹茶のシロップを手にとって手塚の前に置く。 「そうだな。あと、みぞれなんかも悪くないと思うけど」 着色料をあまり好まないかもしれないので、俺は透明なみぞれのシロップを手にとって、抹茶の隣に並べた。 そんなに難しい顔をするなんて、手塚はかき氷を食べた事がないんだろうか……。 そんな訳はないよな、さすがに。でも、自分でシャリシャリ削ってシロップかけて食べた経験はなさそうだ。あの手塚家にかき氷のシロップが常備されているのは不似合いだし、それを自ら利用する手塚ってのも不思議な感じがする。 「……抹茶にしよう」 数秒悩んでから妥当なものを選んだ手塚が、目の前にある器にもってある氷に抹茶のシロップをかけると、それで安心したのか、乾は手を伸ばしてブルーハワイのシロップを手に取った。 ……俺はどうしようかな。 みぞれってそれだけで食べるのは少し寂しい気もするし、どれくらいかけたか判りにくかったりするからな。 じゃあ、メロンにするか。 俺はメロンのシロップを手にとって、自分の氷にかけて――英二の氷がまだ白いままである事に気が付く。 難しい顔をしているし、氷は濡れている様子がなかったから、みぞれがかかってるわけじゃないだろう。 「あれ? 英二、まだ悩んでるのか? 氷が溶けるぞ?」 「判ってるよーそんな事。でも何にしようか決まらなくてさー」 そんなに悩まなくても……。 言ったら怒るだろうから言わないけど、レモンや抹茶はともかく、イチゴとかメロンとかブルーハワイとかは、そう味に差がないと思うんだが……。 「みぞれにしたら? 誰も使ってないよ?」 見かねたのか、不二が意見すると、 「昨日食ったからヤだ!」 間髪入れずに反論する英二。 昨日も、食べたのか。 本当にかき氷が好きなんだな。夏になると毎日食べているみたいだし。 「……ふうん。じゃあ、いただきます」 不二は呆れてるのか馬鹿にしてるのか曖昧な微笑みで頷いて、イチゴのかき氷をひとくち口に入れた。 あ、英二、悔しそうな顔してるな。きっと「俺が削ったのに俺より先に食べるなんてずるい」とか、思ってるんだろう。 「でも確かに、これだけ種類があったら悩むよね。うちなんて使いきれないからって一本しかなくてさ」 単純な感想なのかフォローなのか、タカさんが優しい笑顔で言う。 「ああ、うちもだよ。しかも絶対イチゴなんだ」 「え、大石んちも?」 大石んちも、って事は……。 「タカさんもかい?」 「そうなんだよ〜」 意外な同類を見つけた事が嬉しかったのか、タカさんの笑顔がいっそう優しくなった。 そうか、タカさんも妹居るもんな。妹優先にすると、どこの家庭でもイチゴになるのか。 なんとなく、俺も仲間を見つけて嬉しい気がしてきた。 ……と。 「英二、まだ決まらないのか?」 「……うん」 「そんなに悩まなくても、明日とか明後日とかに別の食べればいいんだから、直感で決めたらどうだ」 余計なお世話かもしれないけれど、俺がそんな風に言ってみると、 「判ってるよー、そんな事!」 英二は一瞬だけ強気で反論してから、テーブルに突っ伏した。 毎日毎日違うシロップで食べれば一週間で全種類食べれるって事くらい、英二も判ってるんだろう。英二なら一日二杯くらい食べそうだし、そうすれば三日で全種類制覇できる。 けれどやっぱり、気分屋の英二としては、そう言う問題じゃないんだろう。きっと今日の気分にぴったり合うかき氷を食べたいんだ。 ……気分にあうかき氷って、何だろうな。 「よし、じゃあ、緑のにする!」 突然英二は顔を上げて、そう宣言した。 どうやら味ではなく色で決める事にしたらしい。そして今の気分が緑だったって事だろう……けど。 「メロンか? それとも、抹茶?」 どうやら俺は、余計な事を言ってしまった、らしい。 英二はあからさまにショックを受けた顔をして俺を見上げる。 せっかく悩みを解決したと思ったら新たな悩みが出てきたなんて、そりゃショックだよな。気付かなかったふりをして、どちらか片方を差し出してあげればよかったな。 すまない、英二。 「そんなに悩むのなら、僕たちが決めてあげようか?」 イチゴのかき氷をひとくち飲み込んで、不二が微笑む。 「うー」 「緑なら何でもいいんだろう?」 「うー……ん」 英二はしぶしぶ、と言う形で頷いた。 そうだな。もういいかげん氷が溶けはじめている。 無理やりにでも決めて、早く食べた方がいいだろうな。 「乾。今日の乾汁の色、緑だったじゃ……」 「メーローンー! 俺! ほら! やっぱ黄金ペアだし、大石と同じの食っちゃおうかな!」 英二は慌てて腕を伸ばし、俺のそばにあったメロンのシロップを掴み取ると、ちょっとかけすぎじゃないかと言うくらいにかけて、 「ふう」 満足のため息を吐く。 「いっただっきま〜す!」 嬉しそうに、かきこむように、氷を頬張る英二。 そんな英二を見て、手塚は眉間の皺を一本減らして、不二とタカさんは満足げに笑みを浮かべる。 うん。少し荒療治だったけど、これでよかったのかもしれないな。 少し寂しそうに、出しかけた乾汁を再びしまいこむ乾にとっては、残念だったのかもしれないけれど。 |