強くなろうと思った。 強くなりたいと思った。 いつもより少なくとも二十分は早い時間帯に学校についたのに、部室には電気がついている。 そうだろうとは思ったけど、そうでないと困るんだけど、なんとなく負けた気になる。 「おはよう!」 軽い足取りでドアを開ければ、中には南が居た。居たけど、まだ制服の上着を脱いだだけの状態で、ウェアには着替えて無かったから、来たばっかりみたい。 よしよし。 「おはよう。今日はずいぶん早いな」 ずいぶん早い俺よりも早く来てる南に言われるスジアイはないと思うけどね。 「今日から早く来てみようかと思ってみました」 「へえ。いい心がけじゃないか」 「三日坊主になるかもだけどね」 「するなよ」 ゆっくりとした動きの裏拳が、俺の頭を襲った。 痛くないのは判ってるし、南が作ってない笑いを浮かべてるから、避けないでおいたけど。 「俺、強くなるから」 荷物を置いて、自分のロッカーを開ける。 南の小さな声での返事は、がちゃって音にかき消されたけど、たぶんそんな意味のある言葉を口にしたわけじゃないだろうし、微笑んで、静かに頷いてたのはちゃんと見たから、それでいいと思った。 「強くなってさ。青学の手塚くんとか、氷帝の跡部くんとか、不動産の橘くんみたいにさ、俺も山吹を支えられる男になるからね!」 俺がそう言ったら、南は、「がんばれ」って小さく応援してくれるんじゃないかって思ってた。 でもどれだけ待っても、南はそんな言葉をかけてくれなかった。 無言のまま着替えを続けて、ぽすってウェアを頭からかぶって、ボタンを止めて、それから、 「そんなのには、ならなくていいだろ」 とか言った。 ……なにそれ。 いきなり俺の覚悟、くじかれちゃったよ。よりによって南に。 「ああ言うのはカッコいいと思う。俺もちょっと憧れる。けどさ、なんか違うとも思うんだ」 着替えを終えた南は、俺に背中を向けるように、椅子に座った。 俺は着替える手を止めて振り返って、南の背中をじっと見る。 「俺はダブルスが好きなんだ。苦労半分喜びは二倍とか言うけどさ、ほんとのところはそうじゃないとは思うけど、何て言うか、誰かひとりに責任をなすりつけたりしないだろ、ダブルスって。ふたりがお互いを支える事で成り立つじゃないか」 「うん」 「俺が他の学校じゃなくて山吹を選んだのは、ここがダブルスの名門だからだと思う。上手く言えないけど……なんて言うか、絶対的な誰かの支えじゃなくて、みんなで支えていくような、そんな感じがして」 だから、お前ひとりが気張って支えようとしなくていいんだよ、とか。 そんな照れくさそうな優しい声が聞こえた気がしたのは、俺の気のせいなのかもしれないけど。 「つまり南くんは俺ひとりなんかに山吹を任せられないって事ですね〜」 「ばっ……!」 「冗談だって」 慌てて振りかえろうとする南のつんつん頭を、押さえるように上から手を置く。 うん、気張りすぎてたかもね、俺。 強くなりたかったんだ。勝てるようになりたかったんだ。 それがみんなのためだと思えば、より強くなれると勝手に思ってたのかもしれない。 「俺、がんばるから」 俺は南から手を離してもう一回、同じ事を言った。 でもその続きはもう言わなかった。 そしたら南は優しく笑って、 「……がんばれ」 って、言ってくれたんだ。 |