引越なんて急にするものじゃないとほんと、思うわよ。 荷物が詰め込まれたいくつものダンボールは、向こうを発つ時の慌しさを象徴してる感じ。さすがに「服」とか「食器」とかはちゃんと書いてある通りに入ってたけど、小物とかはお母さんが隙間に詰め込んでたから、どこに入ってるかさっぱり。 「ねぇお兄ちゃん。爪切りってどこに入ってるかなあ?」 「耳かきと同じ所じゃないか」 カラン、と小さく音を立てながら、氷入りの烏龍茶を飲むお兄ちゃんが、あっさりそんな事を言うから、 「耳かきはどこに入ってるの?」 って聞くじゃない。やっぱり。 そしたらこうなのよ。 「俺も今探しているところだ」 あらあらなんとも頼もしいお言葉。 とにかくそう言うわけで、私とお兄ちゃんは共同戦線を結んで、積み上がったダンボールから爪切りと耳かきを探す事にした。 お兄ちゃんがいてくれてよかった。ときどきすっごい重いダンボールとかあるもんね。お父さんは今日から会社に行っちゃったし、力仕事で頼れるの、お兄ちゃんしか居ないもの。 「とりあえず上から開けていこっか」 「それしかないな」 お兄ちゃんはため息を吐いて、一番上のダンボールを下ろした。 個人の荷物が入ってるダンボールは個人の部屋に運びこまれてるし(私はもう、自分の分は片付けたわよ!)、台所用品とかすぐに使うやつは到着したそうそうに開けたから、今もまだ放置されてるダンボールはけっこう少ない。 だからまあ、片っ端から開けてっても、すぐに見つかるわよね。 最初のひとつふたつは宝探しみたいな楽しさがちょっとあったけど、みっつ目くらいになるとなんかもう楽しくもなくなってきちゃった。入っているのが宝物なら楽しいかもしれないけど、お父さんの古い本とか体重計とか出てこられても、ねえ? 私が退屈してるのに呆れた感じに笑いながら、お兄ちゃんは四つ目のダンボールのガムテープをべりべりと乱暴に剥がす。 何よ、お兄ちゃんだって、ちょっと飽きてるじゃない。 「今度は何ー?」 「過去数年間の家計簿と……」 「今年のはともかく、前のは捨てちゃえばいいのにね」 「そう言うな。これはこれで思い入れがあるんだろう」 まあね。なんだかんだで毎日つけてるものだもんね。日記がなかなか捨てられないのと、同じ感じなのかもしれない。 ……同じかなあ。 「あ、あったぞ」 「爪切り!?」 「と、耳かきな」 お兄ちゃんはダンボールの奥底から耳かきと爪切りを発掘しながら、「どうしてこれを家計簿と一緒にしまうんだろうな」とか呟いてた。 確かにそうよね。ま、他の何と一緒に入れたって、不思議に思っちゃうのかもしれないけど。 私はお兄ちゃんから爪切りを受けとって、お兄ちゃんは探していた耳かきを――その辺に適当に置いて、またダンボールの中に手を入れる。 「どうしたの?」 「いや、アルバムも入っていたからな。どうせ暇だから見てみようかと思ったんだが」 お兄ちゃんがダンボールの中から、少し古びたアルバムを引っ張り出す。 うーん……確かに、暇よねー。 近所の探検は昨日一昨日ですませちゃったし、自分の部屋も片付けちゃったし、まだこの辺には友達居ないし、昼間のテレビってイマイチつまらないし、九州の友達と電話ばっかりしてると、お母さん怒るし。 私はテーブルの上に爪切りを置いて、アルバムを開くお兄ちゃんに近付いた。 「いつごろの?」 「お前が小学校に入る前後じゃないか」 「ホントだ! お兄ちゃんランドセルしょってる! ありえない〜!」 「ありえないも何も……これは証拠写真だろうが」 何それ。微妙な反応。 でも、最近の写真はよく見るけど、ちっちゃいころの写真って押入れの奥にしまいっぱなしで最近あんまり見てなかったから、久しぶりに見るとおもしろい。 私もちっちゃいし、お兄ちゃんもちっちゃいし。なんだか変な感じ。 家族みんなで海に行った時の写真とか、すごく懐かしいし。 ……ちっちゃかったから、あんまりちゃんと覚えてないんだけどね。 「あれ?」 お兄ちゃんがページをめくって、一番最初に目に飛びこんできた写真は、やっぱり小さな私が、頭っから白いシーツをかぶってる写真。 何かの記念日でもなさそうだし、どこかに出かけた時の写真でもなさそうだし。 「この写真、なんだっけ?」 私がその写真を指差してお兄ちゃんを見上げると、お兄ちゃんは少し首を傾げてから、 「……ああ」 何か思い出せたみたいで、私を見下ろす。 「あれじゃないか。小一の時お前、六月は雨ばっかりで友達と遊べなくて嫌だ、六月なんてなくなればいいとか言って騒いでいただろう」 そんな事あったかしら。 記憶にないけど、自分の事ながらありそうだから、何も言わないでおこうっと。 「そんなお前を諭すために、六月の花嫁は幸せになれるから、六月は大事だ……とか言ってたな」 「あ、言われた言われた。お母さんに」 で。 それとこの写真と、なんの関係があるのかしら。写真の中の私はすごく楽しそうだし、誰かにシーツをむりやりかぶせられたわけじゃなくて、自主的にかぶっているんだと思うんだけど、なんでそうしたのかは記憶にない。 うーん……。 私が写真を眺めながら、眉間に皺を寄せて悩んでいると、 「くっ……」 お兄ちゃんが押し殺した笑い声を漏らした。 何よ、突然。 「何がおかしいの」 「いやな、そう言われてお前は、この白いシーツを被って、『じゃあ今すぐお兄ちゃんのお嫁さんになる!』とか言ったんだよ」 「……!」 押し殺す必要がなくなったからか、我慢しきれなくなったのか、お兄ちゃんはさっきよりも少し大きな声を出して笑い出す。 私はもう、そんな宣言をした事とか、シーツを被ってウエディングドレスの代用にしようとした事とか、よりにもよって相手が今目の前に居る事とか、恥ずかしいところを上げればキリがないくらいでどうしようもなくて、私が何も言えずにうろたえてる間も笑い続けているお兄ちゃんに、なんだか腹が立ってくる。 「なによ! そんなに笑わなくてもいいでしょ!」 「そう、言われてもな」 お兄ちゃんは笑いを噛み殺しながら腕を伸ばして、まだ半分残ってる烏龍茶のグラスを口に運ぶ。 なによ、なによ、もう! 「そんな事今になってもしつこく覚えてるなんて、お兄ちゃん、実はそう言われた事が嬉しくてしょうがないんでしょ?」 私がそう言うと、飲み込もうとした烏龍茶をうっかり吐き出すまいとしたお兄ちゃんは、思いっきり噎せ込んだ。 よし、反撃成功! |