エースをねらえ

 ダビデが今日なんとなく不調っぽいなあと思って理由聞いてみたら、昨日「エースをねらえ!」を夜更かしして全巻読んだから寝不足なんだって。
 そんな事言ったら三年生たち(とくにバネさんあたりに)にバカにされて思いっきり笑われるから言わないでおいたって言うけど、ボクに言ったって思いっきりバカにして笑うのにね! あはは!
「あれ、けっこうおもしろいよねー。なんか怖い女の子が多いけど」
「うぃ。コーチの生き様に男を見た。コーチの出身地は高知。……プッ」
「え、コーチって高知出身なの? どっちのコーチ?」
 読んだの一年前くらいだから、細かいトコ思い出せないけど、コーチってふたりいたよね。どっちが高知出身なんだろ。ふたりともなのかな。
 せっかくボクが聞いたのに、ダビデはなんかしょぼくれて、答えてくれなかった。
 なんだよ、自分から言い出しといてー!
「あ、でもさ、ダビデって、黙ってればちょっとコーチと雰囲気似るかもね!」
「……そう?」
「うん。なんか厳しくて怖そうで」
 ダビデはなんか考えこんでから、じっとボクを見て、
「岡……エースをねらえ!」
 とか、コーチの台詞を言ってみる。
「あはは! ボクが岡ひろみなんだ! やっぱボクは主人公だよねー」
「……笑うところは、そこじゃないけど、まあいい」
 ダビデは手の中にあるボールを転がして、ふと顔を上げる。
 近付いてくる複数の足音。うん、ふたりかな。それを確認してから、ボクも顔を上げる。
 サエさんと、バネさんと。
 ボクたちはしゃがんでたから、ほとんど真上を見るような感じでふたりを見上げる事になるんだけど、見上げてたらボクは急にひらめいちゃって、吹き出してしまった。
「何笑ってんだよ、剣太郎」
「いやさ、今ね、ボクが岡ひろみでダビデがコーチだって話をしてたんだけどさ、だったらサエさんがお蝶夫人で、バネさんはお蘭だよなーって思ってさ!」
『……はぁ?』
 サエさんとバネさんがふたり揃って、疑問と呆れを混ぜたような声を出したけど、すぐにボクの言ってる事が判ったのか、サエさんは髪をかきあげる。
 なんだか得意げな笑顔で、
「俺が頭脳明晰で容姿端麗で華麗なプレイを披露するテニスの天才だなんて、誉めすぎだぞ剣太郎」
 なんて勝手なこと言ってるし。
「えー、ボクそこまで言ってないけど」
「まあ、長身でビックサーバーってのを考えると、確かに俺がお蘭かもな」
 そうそう。バネさんみたいにケンキョに受けとめようよ、ケンキョにさ。
「……そうすると」
 バネさんはなんだかたくらんでるような笑顔で、ダビデの前にしゃがみこんで、ダビデを真っ直ぐ見つめる。
 その笑顔の意味が判らないみたいで(ボクも判らないけど)、ダビデは難しそうな顔をして、首を傾げた。
「ダビデは俺の事なんて放置プレイで剣太郎に走るんだな!」
「……!」
 ダビデは何か言いたそうに、変な動きをするんだけど、実際には一文字も言葉にできてなくて、たぶんバネさんはそんなダビデがどうしたいのか何を言いたいのか判ってるんだろうけど、気付かないフリをして、にっかり笑って立ち上がる。
「おーしサエ、向こうのコートで試合しようぜー」
 バネさんに応えるように、サエさんもたくらんだ微笑みを浮かべた。
「そうだね。俺たち、終生のライバルだからね」
「バ、バネさん、次、俺と打つって……約束……!」
「仁は岡さんの事しか興味がないのでしょう? しっかり岡さんのコーチをなさったらどう?」
 バネさんはおほほほほ、なんて、口のとこに手をあてて気持ち悪く笑う。
「バネ、それ、どっちかっていうとお蝶夫人っぽい口調だよ」
「あー? そうか? お蘭ってどんな口調だったっけか?」
「忘れたけど、たぶん、けっこう普通だった気がする」
 楽しげに去っていくふたりの背中を、捨て犬みたいな顔で見つめて行き場のない手を泳がせるダビデが、哀れですっごくおもしろい! 最後には膝を抱えて、コートのすみっこで縮こまっちゃうし。
 うわあ、ふたりとも、すごいなあ。
 ボクもこんな手の込んだダビデいじめ、できるようになろうっと!


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テニスの王子様
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