終わりなき旅

 それは確か俺が中学に入ったばかりのころだった。
 テニス部の部長はもちろん大和先輩で、手塚と俺がまだお互いにくん付で呼び合っていたころだ。
「人と言うのは、生きている限り、何かを目指して旅を続けているのかもしれませんね」
 大和先輩はいつでもどこでも小難しい事を口にしていたけれど、それは思い付きを適当に言っているだけなのか、考えがあって深い哲学的な事を話しているのか、その差がさっぱり判らなかった。いや、今でも判らない。おそらくどちらでもあったのだと思う。
 それでも、そんな謎めいた雰囲気が、不思議と落ち着いたたなあ。
 俺だけじゃなくて、きっと手塚も。
「じゃあ、手塚くんはテニスの頂点を目指して旅をしているって事ですね!」
「そうですね。そうなりますね」
 この時の手塚の表情がとても印象的で、よく覚えている。
 自分を話のネタにするなとでも言いたげな不機嫌そうな視線で、でもけっこうまんざらじゃなさそうだったから、俺は話を続けたんだ。
「それならボクは、その旅が終わるまでずっと、手塚くんと一緒に旅を続けたいです」
 俺は今でも「大石って、恥ずかしい事を平気で口にするよね」と(不二あたりに)言われてしまうようなヤツだけど、そんな俺でも今となってはちょっと言えないような台詞を、あの頃の俺は平然と言ってしまっていた。
 だからかな。
 だからあんな貴重なものを見られたのかもしれない。
 手塚は切れ長の目を少し見開いて、言葉に詰まったような顔をして、じっと俺たちを見ていた。俺がそんな手塚の目を見つめると、手塚はさりげなく視線を反らした。
 あれは、間違いなく。
 照れてたな。
 いや、照れずにあんな事を言ってのけた俺の方が、明らかにおかしいとは思うんだけれど。

 あの時の気持ちに嘘はなかったと間違いなく言えるけれど、たぶんあの時の俺は、手塚の「旅」がどこまで続くかはっきりとは判っていなかったと思う。
 判っていたとしてもまだ十三歳になるかならないかの俺に、中学、高校くらいまでならばともかく、それより先の事をしっかりと考えられたとは思えない。
 でも――あれから二年と少しが過ぎて、それでも手塚は練習・公式すべての試合で負け知らず。全国からごく僅かな選手だけが選ばれるジュニア選抜のメンバーにも選ばれて(辞退したけれど)。
 さすがの俺も、悟る。
 俺にとっての「テニスで頂点を目指す旅」はそのうち終わるだろう。まだ先が見えたとしても、高校か、大学か、具体的にいつになるかは決めかねているけれど、強制的に終える事になる。
 でも、その時が来てもきっと、手塚の旅は終わらない。終える事も無いだろう。
 ……それでもな。
「それでもあの頃の気持ちと、変わらないんだろうな、きっと」
 うっかりと口にしてみれば、しかめっ面でコートを睨みつけていた我らが部長は、視線だけを俺に向ける。
「あ、いや、悪い。何でもない」
 さすがに、もう、な。
 照れくさくって本人を目の前には言えないよ。


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テニスの王子様
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