3個で100円

 地味’sは基本的にどっちもいい意味で(悪い意味でも)オトナっぽいし、どっかのんびりしてるとこあるから(特に東方)、あんまり衝突する事なんてないんだけど、たまーに、どうでもいい事で喧嘩することもある。
 たぶん、ふたりとも今、バイオリズムが下がってるんじゃないかな。あと、今朝の占いで、乙女座は「人間関係に注意」って言われてたもんなあ。南はなんだっけ? カニ座? カニ座はよく覚えてないけど、なんかハサミが攻撃的っぽいからね! 南の髪型もね!
 まあ、でも、今日の喧嘩はどうでもいい事じゃないかもしれない。
 今日は朝から練習試合で、うちのナンバーワンダブルスは、相変わらずダブルス1で大活躍。いつも通りの隙のない地味で堅実なプレイで、地道にポイントを稼ぎつつ、大きな失点もなく。
 そんな中で、ほんの一瞬だけ、ふたりのコンビネーションが崩れた。
 なんでも、昨日の練習がえりに寄り道した店で、ふと思い付いた攻撃パターンを、せっかくだからと今日、試してみたらしいんだけどさ。
 南は、東方がサインを読み間違えたって言う。
 東方は、南がサインを出し間違えたって言う。
 俺昨日の帰り一緒じゃなかったし、試合中よそ見してて(何を見てたかは秘密☆)、問題のシーン見てなかったから、ホントのトコはどうだかわかんない。
 とりあえずどっちも引かないから、ちょっと今雰囲気が険悪で、俺がむりやりふたりの腕引っ張って、「三人で仲良く帰ろ☆」とかしてみたけども、ふたりとも俺を挟んでそっぽ向いたまんま。
 南はともかく東方は、前見ないと色んなものにぶつかるから、止めた方がいいと思うんだけどなあ。あ、ほら、木の枝髪に絡まった! せっかくのオールバックが崩れちゃうよ〜。
「あのさ、ふたりとも、結局ストレートで勝ったんだし、いつまでも引きずるのやめたら?」
「……」
「地味なのがひとりで居てもただの地味で、世間は派手な方を見ちゃうから、注目されないよ。青学の大石くんとかさ、立海のジャッカルくんとかさ、見てて切なくならない? でもさ、お前たちは違うじゃん。地味なのがふたり揃って、すごい個性になってるじゃん?」
『お前何が言いたいんだよ』
 わあ、ふたりとも息ぴったり。
 一言一句完璧に同じで、声を合わせて、ほとんど同時に左右から伸びてきた手が、俺のほっぺたをつねる。
 で、ふたりとも、相手が自分とまったく同じ行動をとった事が悔しかったみたいで、同時に手を離して、またそっぽ向いた。
 そんなのは、息ぴったりじゃなくてもいいんだけどね。とほほ。
 痛いなあ。
「あ」
 俺がほっぺたを抑えながら歩いてると、通りすがったスーパーが、「開店一周年記念!」とか垂れ幕下げながら特売してた。
 自慢の動体視力をフルで生かした俺は、視界の隅に一瞬だけ写った文字を見逃したりしない。
「ラッキー! ほらほら地味’s!」
『地味’s言うな』
「そんな事よりさ、見て見て! アイスが今日は三個で百円だって!」
 俺はふたりの腕をがっちり脇に挟んで、引きずるように走り出す。あんまり大きくないスーパーだから、アイス売り場までそんなに遠くなくて、ついたとたんにがばっと身を乗り出す俺。
 お。普段五十円とかで売ってるヤツだ。これが三個で百円なら、けっこうおトクだね。
「けっこう種類あるなあ。何にしよ。ほら、ふたりとも、早く選びなよ。今日はラッキー千石さまがおごってあげるからさ」
「消費税込三十五円でそこまで恩に着せるか、お前は」
「……とりあえず、サンキュな」
 地味’sは仏頂面のまま、アイスを選びはじめた。
 相変わらずポジションは、俺を挟んでだったけど。
「やっぱ俺ってほんと、ラッキーだよなあ」
 俺は自分が食べたいアイスを手に取って、体を起こすなり、言った。
「まあ、確かに安いけどさ」
「そんなに言うほど、ラッキーか? 学校の近くのスーパーでも、たまにこんくらい安い時あるぞ」
 南も、東方も、選んだアイスを俺に差し出しながら、不思議そうに言う。
 う〜ん。ふたりとも、まだまだ甘いなあ。
「違うって。値段の事もまあラッキーだけどさ、今この時に、みっつでいくらのモノに出会えたのがラッキーなんだよ。これ買って食って、三人仲良くしろってコトだろ、きっと」
 俺がにかっと笑うと、南と東方は面食らった顔をする。口をぽかんて開けて、間抜けな顔。カメラ持ってたら(あるいは携帯がカメラ付きだったら)絶対写真取ったのになあ。アンラッキー!
「んじゃ俺、買ってくるから、外で待っててよ」
 ふたりの手からアイスを奪い取って、俺はレジに向かって走り出した。
 たぶんだけど。
 俺がこれ買って、外にでた時には、もう、いつも通りのふたりなんじゃないかな。


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テニスの王子様
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