部長の条件

「こうさあ、ダブルスもそうだと思うんだけど、コンビって言うのは相性が大事だと思うんだよね。バランスって言うの?」
「んな事お前に言われなくても判るって。俺は入部当初からシングルスまっしぐらのお前と違って、ダブルス専門だぞ」と反論しようかと思ったが、めんどくさいから止めといた。この茶髪の言う事にいちいち返事なんてしようもんなら、相手されてると喜んで、休憩時間が終わっても話し続けるにきまってんだ。無視してりゃ、休憩時間が終わるくらいにはしゃべんのやめるだろ。
「うーん、やっぱり青学の部長と副部長はいいコンビだ。部を率いるのに足りない所を上手く補い合ってる」
 あー、そうかもなあ。厳しく叱る父親役と、優しく宥める母親役。アメとムチを上手く使い分けそうだ。
 珍しく正しい事を言うもんだな、と少しだけ感心してみた俺だけど、やっぱり返事をせず、水分補給に集中する。
「でも、部長副部長コンビって言ったら、俺たちも負けてないよね? 南」
 そーか? 思いっきり負けてるだろ。俺地味だし。千石は副部長としては役に立たないし。
「南はさあ、けっこう統率力あるし、それなりに威厳もあるし、そこそこいい部長じゃん?」
 けっこうとかそれなりとかそこそことか、中途半端でムカツクな。否定できないのが痛いんだけどな。
「地味って欠点はあるけど、俺が南の分まで派手だから、補えるし。う〜ん、いいコンビだ!」
 殴っていいか?
 つうか、いらないだろ、部のまとめ役に派手さは(多分)。
 そんでもってお前には派手さしかないのかよ。もそっと仕事しろよ、副部長として。
「不動峰もいい感じだよね! 橘と神尾くん、だっけ?」
 神尾? ああ、あの俺の事を忘れてた失礼な二年か。そうだな、抽選会にわざわざついてきたんだから、ヤツが副部長なんだろうな。
 確かに橘は立派な部長っぽいよな。実力あるし、威厳もある。それなのに後輩から尊敬されつつも(手塚と違って)怖がられずに慕われてるってのは、気配りがきいて優しいとこもある証拠だろう。あいつはスーパー部長……じゃあダメっぽいか。カリスマ部長ってとこか?
 んーでも、なんかヤツはひとりで平気じゃないか? あの神尾とか言うヤツのサポートなんかいらないだろ。橘は地味じゃないし。神尾も派手じゃないし。
 そう考えると、どこがいいコンビなんだか。
「橘って部の仕事とかひとりでなんでもこなしそうだよね。で、神尾くんはそれ邪魔しなさそうじゃん?」
 ヤツは何にもしなさそうって意味か? それとも何にもできなさそうって意味か?
 どっちにしてもけっこう酷い事言いやがる。さすが俺たちに地味’sなんて名前付けただけあるぜ、千石。鬼だなお前。
 心底納得した俺も同類かもしれないけどな。
「ところでさあ、前から気になってたんだけどさ、不動峰って公立中学なんだよね? 区立? 市立?」
 知るかそんな事。つうか話題変えすぎだろ。
「公立中学ってやっぱり給食だよね、お昼って。そうすると給食当番とかあるじゃん? って事はさ、あの橘が割烹着とか着て帽子かぶって、カレーライスよそったりしてんのかな!?」
 不動峰の橘が。
 割烹着着て帽子かぶって、給食の配膳?
 ……。
 …………。
 ………………ありえねえ!
「あっはっはっはっは」
「あー、南、ようやく反応してくれた!」
「だって……た、橘が……割烹着! ハ……ハラいてぇっ!」
 ひー、マジで痛えって! おかしすぎだって! 似合わないっ……いや、微妙に似合ってるからおかしいっつうか!
 俺はドリンクをその辺にほっぽりだして、両腕で腹抱えて、笑い転げてしまった。
「やった! 俺の勝ち〜!」
 そんな俺を放置して、跳ねるように立ち上がる千石。
 ん? 勝ち? 何がだ?
「室町く〜ん、ほら、南返事してくれたよ! 俺の勝ち! ハーゲンダッツ〜!!」
「あー南部長、困りますよ〜。俺今月小遣いキビシーんですから」
 なんかよく判らんけど。
 すっかり笑う気力を無くした俺は、小躍りする千石と眉間に皺を寄せる室町の間で視線を泳がせる。
「何の話してんだ?」
「賭けてたんすよ。この休憩時間中に、南部長が千石さんに返事したら千石さんの勝ち。一言も応えなかったら俺の勝ち。負けた方が練習後にアイス奢るって」
「あ、今日七の日じゃん!? 室町君、セブンフレーバー食べよう!」
「なっ! 当然シングルっしょ!?」
「七の日なのにセブンフレーバー食べないの!? 室町君、それは犯罪だよっ! せっかく七種類も食べなって言ってくれてるんだから、お言葉に甘えないと!」
「まったく。後輩にタカらないでくださいよ」
 ちょうど休憩時間が終了って時間になり。
 室町は諦めたように大きくため息をついて、ラケットを手にとって、コートに入っていった。千石もその後を追うように、ラケット片手に「勝利の舞い」を踊りながらコートに入る。
 あのふたり、もう俺の存在すっかり忘れてるんだろう。千石は七つのアイスを何にするかを考えるのに精一杯で、室町は財布の中身の心配で精一杯に違いない。
 俺、部長なのにな。
 あいつらぜったい、俺のこと、部長として尊敬なんかしてくれてねぇよな。
「……ちくしょう」
 千石と室町のふたりを睨みながら、俺はひとりでつぶやいた。
 こっそり、橘か手塚に弟子入りしてみようか、なんて考えながら。


テニスの王子様
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