番外☆ほくろ戦隊ダイブツダー!
千葉’s祭ver. 東芝風味
〜三月十五日。

 それは暖かく穏やかな風が吹いてゆく日のコト。
「バネさんって、秋の生まれなのに春風なんて名前なんだね!名前に偽りありで、すごい邪だ!!面白い!!」
 期末試験も終わり、気分はすっかり春休み。
 卒業式を目前に控えた先輩達と遊ぶ予定だった葵は、オジイのテニスコートに向かう道すがら、ふと閃いて黒羽を振り返った。
「なんだよ、剣太郎。そんなコトで、褒めるなよ。」
 気恥ずかしいのか、がしがしと葵の頭を乱暴に撫でた黒羽に、葵がにこにこと告げる。
「折角だから、春らしく、もっと邪なコトしようよ!バネさん!!」
「そうだな〜、春らしく邪なコトか〜。」

 天根は思った。
 春らしいのと邪なのとは、あんま関係ないんじゃないかな、と。
 だが、誰も突っ込まないので、放っておくことにした。

「剣太郎が言うんだから、何か邪なコト、してくれば?」
「あんだよ。それって、俺一人でやんのか?」
「あれ?一人じゃ寂しい?」
「んなわけないだろっ。やるっての。」
 佐伯の挑発に、黒羽は、ついうっかり、一人で邪なことをする宣言をしてしまい、即座に後悔した。佐伯がにっと笑ったからである。
 はめられたっ!
 しかし、後悔しても手遅れで。
「じゃあ、何すれば良いんだよ。」
 覚悟を決めて問いかければ、待っていましたとばかりに応える佐伯。
「東京に行って、ダイブツダーのリーダー、橘桔平を拉致してくるってのはどうかな?」
「良いね!サエさん!これでダイブツダーは崩壊だ!面白い!!」
 目を輝かせて喜ぶ葵の声を聴きながら、黒羽は小さく呟く。
「……橘……。」

「バネだって邪の千葉の人間だもん。それくらいできるよね?」
 佐伯が挑発を重ねる。
「それとも、何?ダイブツダーと一人で戦うなんて、怖い?俺も一緒に行ってやろうか?」

 気持ちの良い春の風。
 黒羽はしばらくの間、まっすぐに空を見上げていたが。

「分かったっての。行ってくるぜ。」

 ラケットバッグを担ぎ直し、黒羽は仲間達にくるりと背を向けて、駅へと歩き出す。
「橘の一人や二人、簡単に攫ってきてやる。楽しみに待ってろ。」

 去ってゆく黒羽の後ろ姿を見守りながら、天根が不安げに樹に尋ねた。
「バネさん……財布、持ってないのに……大丈夫かな?」
「……財布ないと、電車に乗れないのね。」
 天根と樹は、二人でこっそり小さな溜息をついた。



「杏ちゃん!!大丈夫か?!」
 ダイブツダー本部である不動峰テニス部部室がにわかに騒がしくなったのは、その日の昼すぎのこと。
「え?大石さん?南さんも?どうしたんですか?」
 部室で、石田や桜井と一緒に、「橘さん卒業おめでとうございます」という横断幕を作っていた杏が、びっくりして目を上げる。
「いや……橘が、邪の千葉に連れ去られたって……。」
 あまりにのどかな本部の様子に、少し狼狽しながら、南が口を開けば。
 きょとん、と、石田と杏が目を見交わす。
「ええっと。お兄ちゃんなら、さっき、黒羽さんと一緒に千葉に行きましたけど。」
 何も不思議なことはない、といった様子で、小首をかしげる杏。
 南と大石は愕然として。
「そんな落ち着いている場合じゃないだろ、杏ちゃん!」(大石)
「橘も橘だっ。千葉に潜入して、何か探り出す気なら、俺たちにも声を掛けてくれれば良いものをっ!」(南)

 南と大石の慌てように、杏はもう一度困ったように首をかしげ直し。
「橘さん、遊びに行っただけだと思いますけども。」(桜井)
「黒羽さんが迎えに来てたし。きっと何か約束があったんですよ。」(石田)
 石田と桜井も、平然とフォローするので。
 南と大石はさらに驚きを深める。
「考えてみろ?!黒羽は、邪の千葉の邪戦士なんだぞ!!」(大石)
「そうだ。とにかく、見てくれ。これを。」(南)
 思い出したように、南がポケットから携帯電話を取り出した。
「さっき、大石と俺の携帯に、佐伯からメールが来てた。これだ。」(南)
 南の差し出す携帯の液晶を、覗き込む杏たち。そこには短くこうあった。

『橘は頂いた(爽)』

「やだなぁ。佐伯さんってば。お兄ちゃんを頂いちゃって良いのは、黒羽さんだけなのに!」
 くすくす笑う杏を横目に、桜井は少し冷静になってきた。
 ダイブツダー的に考えて、これは結構、ピンチな事態なんじゃないだろうか。
 橘さんは東京を護るダイブツダーのリーダー。
 邪の千葉の黒羽さんは橘さんをいきなり連れて行ってしまった。そして、この佐伯さんからの犯行声明メール。
 ……もしかしなくても、東京が危ない……?!

「おい!橘が攫われたってのは、ホントか?!」
 どんっと激しい音とともに、部室の扉が開いて。
 跡部が樺地、菊丸、東方を引き連れて姿を見せる。
「ああ。急に呼び出してすまん。跡部。」(大石)
「あーん?東京のピンチに俺を呼び出さなくてどうするんだ?なぁ、樺地?」(跡部)
「うす!」(樺地)

 傲然と言い放ち、本部のモニター画面に向かう跡部。
 そして、菊丸は南の袖を引っ張って、大きな目をさらに見開いて言った。

「ねぇ、ねぇ、南!!聞いてよ!ここに来る電車の中でさ、東方ってば女の名前呼びながら寝てんだよ!どんな夢見てんだよっ!!超やらしいと思わない?!」(菊丸)
「わっ!菊丸!!黙ってろ!!」(東方)
「沙織……愛してる……とか言ってんの!!超恥ずかしいやつ!!」(菊丸)
「菊丸っ!!!!」(東方)
「彼女とキスする夢見てたんだって〜。変態〜!変態〜!!」(菊丸)
 中学生男子の本領発揮で、東方をからかいまくる菊丸の頭を、大石の大きな手がふわりと押さえる。
「英二、いい加減にしろ。」(大石)
「……東方も、いい加減にしとけ。な?」(南)
 こんな緊急事態であっても、いつも通り、大らかでのどかな仲間達。
 そんな彼らがいてくれるから、どんなときでも、冷静さを保っていられる。
 ありがとう。お前たちの笑顔は、きっと俺たちが護るから。
 大石と南は、頑張って、状況を前向きに捉えようと思った。
 その試みは比較的成功したようで。

 佐伯からのメールに衝撃を受け、桔平を除くほくろ戦士達は、本部に集合し。
 橘桔平奪還のための、大作戦が決行されることとなったのである。

「本当は他県に侵入するなんてコトはしたくないが……。」(大石)
「橘を救い出すためには、千葉に行くしかないだろうな。」(南)
 桔平がいない今、ダイブツダーの指揮を執るのは、三年生のほくろ戦士である大石と南である。
 普段、何の役にも立っていないように見える桔平だが、彼の姿があるだけで、どれほど支えられていたことか。ほくろ戦士達は、桔平の不在に、改めてその存在の大きさを思い知る。

「だが、俺たちがいない間に、東京に何かあっては困る。俺と南で千葉に向かうから、石田と樺地は留守を頼む。」(大石)
「うす!」(樺地)
「黒羽さんと天根によろしく!」(石田)

「本部の指揮は俺に任せろ。橘やお前らの代わりに威張っておいてやるぜ。あーん?」(跡部)
「あ、ああ。頼んだぞ。跡部!」(南)
 これで。
 本部に残る中三は跡部一人。
 本部に残る冷静なキャラは桜井一人。
 後ろ髪を引かれる思いで、南と大石は本部を後にした。
 何度も、何度も、心細げな桜井を振り返りながら。



「邪の千葉へようこそ。」
「ああ。佐伯、久し振りだな。」
 六角中のテニス部部室に来たのは初めてではなかった。
 あの日も黒羽に連れられて。確か、あの日は佐伯の誕生日で……。
 桔平は半年前のコトを思い出しながら、ゆっくりと足を踏み入れる。たとえ、千葉と東京がいがみあう仲だとしても、きっといつか分かり合う日が来るはず。桔平はいつだってそう信じていた。

「バネさん、すごい!!ちゃんと橘さんを拉致してきたね!!立派な邪戦士だ!面白い!!」
 葵がはしゃいで、黒羽の背に体当たりする。
「こらこら、そんなはしゃぐなよ。」
 小さく笑いながらも、黒羽は少し気まずそうに視線を桔平に送った。案の定、桔平は少し不思議そうに。
「……らち……?」
 と、呟いている。
「これで、ダイブツダーも崩壊だ!東京は千葉の支配下に入る!面白い!!」
 あっちこっちを跳んだり跳ねたりしながらはしゃいでいる葵。部室の椅子に深く腰を下ろしたまま、桔平はゆっくりと葵を眺め、それから視線を黒羽に移す。
「……どういうコトだ?」
「や、あの、えっと。」
 困った様子で、言葉に詰まる黒羽。
「……桂木さんという人の誕生日会をやるから来いと、お前は言った。そうだったな?」
「あ、ああ。」
 低い声で、ゆっくりと確認する桔平。
 東京を護るダイブツダーのリーダーなのは伊達ではない。貫禄、そして迫力。
 黒羽はいつもの柔和な桔平と比べモノにならない、その雰囲気にたじろいで、後ずさる。

 天根は。
 橘さんは、誰の誕生日でも、招かれたら来ちゃうんだろうか?
 と、少しだけびっくりしたが、黙っていた。
 自分も、招かれたら遊びに行きそうな気がしたからである。

「ふふ。なるほどね。そういうコトだったんだ?」
 佐伯は小さく呟いて、黒羽と桔平の間に立つ。
「ま、良いか。橘をここまで連れてきただけでも、バネにしたら上出来だよ。」
 そして、まだ跳ね回っている葵を捕まえて。
「さぁ、パーティの準備を始めようか?剣太郎。」
 にっこりと微笑んだ。



 ここが邪の千葉の六角中。
 静かに大石が深呼吸した。横に立つ南は軽く下唇を舐めて、ゆっくりと部室のドアノブに手を掛ける。
 きっと橘はここに捕らえられているはず。
 邪の総本山といえば、ここなのだから。

 ぎぎっ。
 立て付けのよくない扉を開けば、そこは。

 パーティ会場になっていて。

「橘!助けに来たぞ……って、あれ?」(南)
「……なんだ?これは。」(大石)

 場違いな二人の姿に、部室の面々がびっくりして振り返る。
「大石!南!どうした?!」(桔平)
「どうしたって、そりゃ、こっちの台詞だっ!!」(南)
 なんだか楽しそうに紙テープで部室に飾り付けをしていた桔平の姿に、びしっと、お約束の突っ込みを入れつつ、南は青ざめた。
 もしかして橘は、邪の千葉に洗脳されてしまったのだろうか。
 東京を、正義を愛する心を捨ててしまったのだろうか。
 南の隣で、大石がぎりっと奥歯をかみしめて。
 それからゆっくりと口を開く。

「……佐伯……そのテーブルクロス、曲がってるぞ?」(大石)
「ありゃ?ホントだ。」(佐伯)

 桔平が大石と南の元へと歩み寄る。
「実はな、桂木さんという人の誕生日会をやるというんで、飾り付けの手伝いをしていたんだ。お前達はどうしてここへ?」(桔平)
「いや……俺たちは、急にお前がいなくなるから、心配して……。」(南)
「ってか、桂木さんって人が誕生日なのか……?」(大石)
「そうらしい。」(桔平)

 そのとき、唐突に南と大石は理解した。
 千葉の人であろうと、東京の人であろうと。
 邪に生きようと、正義に生きようと。
 全て、人の命は愛すべき大切なモノで。
 その命の生まれ来た日を祝うのは、きっと、邪や正義なんて対立を越えた、ずっとずっと大切なコト。
 だから。
 そうだろう?そういうコトなんだろう?橘!

「俺たちも、手伝おう。」(大石)
「ああ。協力させてくれ。」(南)
「お。悪ぃな!!」(黒羽)
「助かる。」(桔平)

 そして、彼らはパーティの準備に参加する。

「で、桂木さんって人は、いつ来るんだ?」(桔平)
「や、あのな、桂木さんは三次元の人だからよ。」(黒羽)
「……三次元?今、俺たちがいるのは三次元だろう?」(大石)
「……真面目に考えるな、考えない方が身のためだぞ、大石!」(南)

 夕方には、素晴らしいパーティ会場が完成した。

「ありがとう。助かったよ。ダイブツダーのみなさん。」
 佐伯が穏やかな笑みを浮かべ。
「ジュース、飲んでくのね。」
 樹が労いの声をかける。
 天根はいつまでも桔平の周りをうろうろし。
 大石や南は、ホント、六角って邪なのか何なのか、よく分からないよな、と心の中で思っていた。

 夕食までに帰らなきゃいけない、と。
 よい子のほくろ戦士たちは帰路に就く。
 春の日は、長くなっているとはいえ、夕方が来るのは早い。
 日が陰ると急に冷たくなる風に、小さく身震いをしながら、菜の花の開き始めた道を、ダイブツダーたちはゆっくりと歩き出した。
 俺たち、何しに来たんだろ?とか。
 準備したは良いけど、パーティはいつやるつもりだったんだろ?とか。
 ちょっとだけ、思いながら。
 そして。
 本部の桜井はきっと心配しているに違いない、と。
 南は本部へと電話をかけ。
 泣きそうな桜井を懸命に慰めつつ、桔平の無事を報告した。

 今日も東京の平和とダイブツダーの団結は護られた!
 正義の心があるかぎり、ダイブツダーは戦い続ける!
 ありがとう!! ありがとう!! ダイブツダー!!
 そして、桂木さん、ハッピーバースデー!!



「オジイへの謝恩会の準備にダイブツダーを使うなんて、サエさん、邪だね!」
「ふふ。褒めすぎだよ。剣太郎。」


 とってもいやでいやでたまらないお祝いに、卯月さんから素敵SSをいただいてしまいましたー!
 四天王(大石・橘・南・黒羽)が出てきて、千葉’s祭バージョンで、東芝(注:東方×芝)風味なんて贅沢品をくださる心優しいおかたは、世界中探してもきっと卯月さんだけですよ!(笑)ありがとうございます。おおお(T_T)
 なんかもうどこもかしこも萌えポイントです。どうしようどしよう。
 し あ わ せ で す !

 卯月さん、本当にどうもありがとうございました!


 卯月にゃお。さんの素敵サイトはこちら→東京夢華録


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