千葉。

 部活が始まろうとするころ。
「…………っ。」
 汗ばむような日差しの下、橘は、軽く身震いをする。
「どうしたんですか?橘さん。風邪ですか?アキラにうつされたんですか?でも夏風邪はバカしかひかないっていうから、アキラはひくけど、橘さんがひくわけないし。」
 心配そうに顔を覗き込む伊武を、振り返り、橘は微笑んだ。
「いや。深司。風邪じゃない。ちょっと変な夢を見たのを思い出しただけだ。心配するな。」
「夢……?」

 そう、気丈に言いきったモノの。
 部活は早めに切り上げよう、と。
 3時過ぎの校庭で、ぞくぞく集まってくる後輩達を見回しながら、橘は思った。
 こいつらの笑顔を守るためにも。
 今日はどうしてもやらねばならない仕事がある。
「っす!!橘さん!」
「ちわっす!!」
「ああ。各自、準備体操、始めろ。」
「「「「「はい!!」」」」」
 いつまでも、こいつらが笑っていてくれるように。
 俺は決して戦いを恐れたりはしない。

 部活は無事に終わった。
 片づけを後輩達に任せ、一足早く部室を後にした橘は、学校から数駅先のファーストフード店に足を踏み入れる。
 約束の時間より5分も早かったというのに、大石と南はすでに到着していた。
 だが、存在感も薄く談笑する二人の中三を一瞬、橘は見いだしかねて、まだ来ていないのかと思ってしまったことは、トップシークレットである。
 カウンターで、ウーロン茶を注文して、橘は彼らの元へ歩み寄った。

「悪い。遅くなった。」
「いや。俺たちも今来たところだよ。」
 そう言って笑う大石の手元には、空の紙コップ。
 南など、慌てて英語の辞書や教科書を鞄に押し込んでいる。
 二人とも、いったい、いつから来ていたことやら。

「急に呼び出してすまなかったな。」
「話があるって。どうしたんだ?」

 不安げな南の問いかけに、橘は一瞬、言葉に詰まる。
 呼び出されたのは大石と南。
 ダイブツダーの三年生メンバーである。
 二年生たちには心配を掛けたくない。だが、一人で戦うには少し不安がある。橘のそんな想いは、おそらく大石と南に通じている。
 言葉に迷いながら、橘は静かに口を開いた。
「実は……少し気に掛かる夢を見てな。」
「夢……?」
 いつも現実的で剛直な橘が、夢に不安を感じるなど、なんだか違和感があるが。
 それを笑う大石や南ではない。
「どんな夢を見たんだ?」
 空になった紙コップの中を、ストローでかき混ぜながら、大石が話を促す。

「変な……夢、なんだ。」
「ああ。」
 肯定とも否定とも付かない曖昧な相槌。
 それはただ、真剣に聞いているよ、という合図。
 南は、椅子にもたれかかって、シャーペンを手の中に弄ぶ。

「黒羽の夢だ。」
「黒羽……邪の千葉の黒羽か。」
「ああ。そうだ。六角の黒羽だ。」
「あいつがどうした?」
「夢の中で、俺と黒羽は二人っきりだった。俺たちはずっと見つめ合っていた……。それから……黒羽は哀しそうな眼をして……『どうして千葉に来ない?』と俺に呟くんだ。」
「……橘……。」

 夢の中で。
 黒羽は、穏やかにしかし哀しげに橘を見つめていた、という。
「橘。お前はなぜ、東京になんか居るんだ。お前は千葉に居るべき男。俺は待っている。いつでも帰ってこい。」
 そう呟いて。
 黒羽は静かに橘の頬に触れ。
 小さく微笑んで、優しく。
「待っている。」
 と繰り返した、らしい。

「その姿があまりにも爽やかに格好良くてな。……俺はうっかり、黒羽に惚れて、嫁に行こうと決意しかけた。」
「惚れるなっ!!!嫁に行くなっ!!!ってか、お前は男だろうがっ!!!」
「……南。真に受けないでくれ。冗談だ。」
「じょ、冗談なら、もう少し、冗談めかして言えよ……。」

 懸命な南の突っ込みと、橘のフォローのやりとりを。
 大石は優しく微笑みながら見守った。
 そして。
「確かに少し気がかりだな。邪の千葉が動き出したのかもしれない。」
 涼やかな目元を少し伏せて、大石は呟く。
 邪の千葉が動くとすれば、それは東京の危機。
 彼らの大切な仲間達が、邪悪な意志に脅かされるコトを意味する。
 そんなことは。
 決して許さない。
 大切な友人達の笑顔を守るために。
 邪の芽は早いうちに摘まねばなるまい。

 大石と南は、全幅の信頼を眼差しに込めて、橘に問いかけた。
「さぁ。どうする?」
 しかし。
「……ああ。どうすれば良いだろう。」
 珍しく言葉を失い、南と大石に助けを求めるように、橘は視線を泳がせる。
 あの強い意志を持つ彼が、である。
 苦しげに南は唇を噛んで、少しだけ俯いた。
「絶対、どこにも行くなよ。橘。お前は東京の仲間なんだからな。」
「そうだよ。橘。お前は俺たちの要なんだ。」
「……ありがとう。南。大石。」

 一瞬、安堵の色を見せて微笑んだ橘は。
「実は……。」
 目を伏せて、とつとつと話し出す。

「俺は分かっているんだ。なぜ、あんな夢を見たのか……。」
「……え?」

 ファーストフード店のざわめき。
 止むことのないささやき声の波。

「分かっている。たぶん、あれは俺の不安が俺に見せた夢。全部、杞憂に過ぎない。」
「……どういうことだ?橘。」

 問い返す大石に、橘はおっとりと微笑んだ。
「俺が……俺が橘だから。」
「「…………は?」」(大石&南)

「その事実を、俺が勝手に恐れているだけなんだ。」(橘)
「どういう意味だ?!橘!!」(南)
「だから。俺の名前が橘で。……た・ちば・な、だから……。」(橘)
「「………………は???」」(大石&南)
「た・千葉・な。」(橘)
「「………………た・千葉・な………………。」(大石&南)

 急に世間のざわめきが遠くに聞こえた。
 南はシャーペンを取り落とし、大石は思わず空のコップを握りつぶし。
 辛うじて、椅子から滑り落ちることを免れた。

「俺は己の中に、邪な魂を持っている。その事実への恐怖が、俺にあのような怖い夢を見させたんだ。」(橘)
「「……橘……。」」(大石&南)
「だが、分かっている。俺は負けはしない。俺は己の中の邪な魂に打ち勝つ。必ずな!」(橘)
 橘は眼をきらきらさせて、力強く言い放つ。
「俺たちはそうやって来た。そしてこれからも、な。」

 橘のきらきらした眼差しに冒されて。
「ああ!そうだな!橘!」
 大石の「爽やか青春病」が再発した。
「あ。ああ。その通りだ!橘!」
 南の「地味に流されやすい病」も発症した。

 そして。
 三人は。
「東京の平和のために!」(橘)
「ああ!俺たちは黒羽になど、負けはしない!」(大石)
「本当の平和が実現する日まで、正義のために戦い続けよう!」(南)
 熱い漢同士の握手を交わし、正義を守り抜く決意を新たに、友情を確かめ合った。

 そのころ。
 邪な千葉では。
「くしゅん!!」
「……バネさん、風邪?」
「ぐずっ。うっせぇぞ。ダビ!噂されてんだよ。俺がいい男だからな!」
「……夏風邪でしょ。」
「夏風邪なんかひくかよ!」
「……バカしかひかない夏風邪!……春風の夏風邪!」
「ダビっ!!てめ!!またそのネタかよ!!」
 と。
 賑やかに邪な会話が取り交わされていた。

 平和な、夏の夕方、であった。


 100題完了お祝いに、卯月にゃお。様にいただいちゃいました、卯月さんちで連載中(なのか?)のダイブツダー番外編であります!
 ありえない……! こ、こんな、大石秀一郎と橘桔平と南健太郎と黒羽春風に伊武深司と天根ヒカルのオプションがついたSSなんて、ありえない……!
 何と言う幸福! 身に余る後衛! じゃない光栄!
 卯月さん、あなたは、神、だ……!
 萌えトークをかまそうにも、一文洩らさず萌えるので、どうしていいか判らない! ああ、どうすればいいんだ、私は!
 とりあえずさんざっぱら悩んでみた結果、一番の萌えどころはネオ地味’sinファーストフードにしておきます……! た、たまらん! 黒ランと白ランの中学生が並んでても気付かれないような地味オーラ! きっと副部長は南くんに英語、教えてた……! たまらん!>興奮しすぎ
 いやーしかし黒羽春風×(自主規制)と言うマイナーを通り越して誰も考えた事が無いだろうCPを書いた(?)卯月さんには拍手です(笑)
 卯月さん、本当にどうもありがとうございました!

 卯月にゃお。さんの素敵サイトはこちら→東京夢華録


テニスの王子様
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