「おっ待たせ〜!!真田副部長〜!」 「うむ。来たか。赤也。」 ここは立海大附属のテニスコート。 放課後が始まったばかりのこの時間は、まだ部活の声も聞こえてこない。 初夏の日差しをあびて、ようやく鳴きだした蝉。 そして、短い影法師が三つ。 「お前を呼びだしたのは他でもない。頼みたいことがあったからだ。」 「ほいほい!何すかぁ?」 腕組みをして、真田は「うむ」と頷いた。 真田の少し後ろで、木に寄りかかっていた柳が穏やかに口を開く。 「俺と弦一郎は、休み時間に社会科の便覧を眺めていた。」 「はぁ。」 「各都道府県ごとに、リンゴの生産が日本一とか、人口が日本一とか、長寿日本一とか、あるだろう?あの表をだな、眺めていた。」 「はぁ。」 「で、唐突に思った。我らが神奈川県は、今後、『悪さ日本一』であるべきだと。」 「……は、はぁ。」 「なので、今日から、悪いことをしようと思う。」 切原は、柳や真田を見ていると、自分は常識人なのではないか、と錯覚する瞬間がある。今、まさに彼はその錯覚と戦っていた。 「そして、これが!蓮二が昼休みを潰して造った、悪の飛行物体『ワルサー1号』だ。お前のためだぞ。赤也。嬉しいか?」 「は、はい。嬉しいような、嬉しくないような。」 「そうはしゃぐな。」 物陰から柳が引っ張り出した「悪の飛行物体」は、円盤と夏みかんを足して二で割ったような、よく分からない形をしていた。胴には、「悪の秘密結社・立海大附属」「一日一悪・神奈川県」と、堂々と大書してある。 切原は頭を抱えるより前に、少しだけうきうきしてしまった。 だって、秘密結社なのに、大学附属なのである。 そして、悪さ日本一を目指すのに、一日一悪なんてつましい目標を掲げているのである。 「悪さって具体的に何をすれば良いんですか?」 「弱いモノいじめは性に合わないからな。」 「そうだな、弦一郎。東京を侵略するっていうのはどうだ?」 「うむ。では目標は東京を神奈川県に合併するコトだ。頑張れ。赤也。」 「うっす!!」 そんなわけで。 切原赤也は飛行物体に乗り込み、部活を忘れて出撃した。 「夕食までに帰って来い。」 「今夜は豚カツだぞ。」 「うっす!!」 神奈川から東京まで、ワルサー1号は一直線に飛んでゆく。 東京が危ない! ところ変わって、こちら、不動峰のテニス部部室。 もっともテニス部部室とは世を忍ぶ仮の姿、その正体は、ほくろ戦隊ダイブツダーの秘密基地「西方浄土」である。 部員たちがばらばらと集まってきて、おのおの着替えを始める時間帯。 誰よりも早く部室に来ていた橘の携帯が、ポクポクと鳴り始めた。 「携帯の着メロ、木魚の音にしているのって、日本中探しても橘さんくらいだよね。」 「え?深司、俺のも木魚だぞ?」 伊武&石田ののどかな会話をよそに、通話中の橘の表情は険しい。 「どういう意味だ?柳。」 『だから、言ったとおりだ。うちの赤也が、あ、なんだ?弦一郎?……ああ、分かった。……失礼、今世紀最悪の悪の化身切原赤也が、今、東京を侵略するために、出撃した。命が惜しければ、戦うことだな。』 「今世紀最悪の悪の化身……!!」 『そうだ。せいぜい、あがくがいい。』 「……ああ。わざわざ、連絡してくれて、すまなかったな。ありがとう。」 『……悪の秘密結社としては、感謝されるのは困るがな……。』 さて、そんなわけで。 ほくろ戦隊ダイブツダー、出撃である。 「行くわよ!お兄ちゃん!」 杏が橘の額のほくろを、ぽちっと押せば、それが選ばれし戦士たちの集合の合図。 選ばれし証、額のほくろが温かな光を放つ。 不動峰の部室の片隅で。 「眩しいよ!石田、お前は光る意味、ないじゃん!」 「仕方ないだろ?そんなこと言ったって!」 青学のテニスコートで。 「お、大石!ダイブツダー集合の合図だ!」 「行こう!英二!手塚、後は任せた!」 「あ?ああ、気を付けてな。」 山吹のテニスコートで。 「わぁ、びっくりした。南、でこ、光ってるぞ。」 「ああ?ホントだ。行くかぁ。じゃ、先生、ちょっと行ってきます。」 「行ってらっしゃい。南くん、東方くん、正義の味方は楽しいですか?」 「「はい!!」」 そして、氷帝のテニスコートで。 「樺地!ダイブツダー出撃の合図だ!行くぞ!」 「うす!」 「行くぞって、なんで、跡部まで一緒に行くんや。」 というわけで。 ダイブツダーは「西方浄土」に集結した。 厳かに橘が口を開いた。 「かくかくしかじかで、神奈川から今世紀最悪の悪の化身が攻めてくる。」 「こ、今世紀最悪……!今世紀は始まったばかりなのに!」 真っ青になって、唇をふるわせる菊丸。驚くところが、今日も少し間違っている。 「東京を、いや、世界の平和を守るために、愛のために戦おう!」 「そうです。そのために俺たちは選ばれたんですよ!」 菊丸の肩を宥めるように叩いて、大石と石田が力強く宣言すると、全員が深く頷いて応じる。 「さぁ、出撃だ!迎え撃つぞ!」 「気を付けてね!お兄ちゃん!」 「ああ。任せておけ。」 「ムリをするなよ?石田!」 「おう!援護、頼むぞ、桜井!」 「信じてるからな!大石!」 「大丈夫。俺は負けないよ。」 「十五分で片づけて戻ってこい!樺地!」 「うす!」 「南、数学の宿題ってどこまでだっけ?」 「ワークの34ページまでじゃなかったか?」 本部に残る後方支援のパートナーと、言葉を交わして。 彼らは戦場へ向かうため、輝く雲に飛び乗った。 ちゃらら〜♪(←変身のテーマ曲。BGM担当・本部の桜井。) 「ほくろ変身!ダイブツダー☆ブラックっ!合掌!!」(←橘) 「ほくろ変身!ダイブツダー☆ブルーっ!欣求浄土!!」(←大石) 「ほくろ変身!ダイブツダー☆グリーンっ!欣求浄土!!」(←南) 「ほくろ変身!ダイブツダー☆ホワイトっ!厭離穢土!!」(←石田) 『ほくろ変身!ダイブツダー☆シルバーっ!厭離穢土だ、樺地!!』(←本部の跡部) 「うす!」(←樺地) 「……樺地、変身の台詞くらい、自分で言ったらどうだ?」 『なんだと?橘!樺地のやることに文句があるのかよ?』(←本部の跡部) 「い、いや、樺地に文句があるというよりな……。」 『世界の平和を守るんだろ!とっとと行きやがれ!』(←本部の跡部) 「あ、ああ。じゃ、行こうか。」 『愛と正義を守るため!五人揃って、ほくろ戦隊ダイブツダー!!ただいま参上!!』 ちゃらら〜♪(←BGM担当・本部桜井。) 「ねぇ、東方。五人揃わないと、ダイブツダーじゃないの?」 「……どうだろうな?」 「って。お前、本部で宿題やるなよ。」 「しっ!菊丸!声が大きい!」 そして彼らは、戦場に立つ。 そのころ。 「う〜ん。困ったな〜。東京征服って、具体的には何をやれば良いんだろう?東京タワーとかドームとか都庁とか壊すと、真田副部長に怒られそうだしなぁ。」 切原赤也は困っていた。 飛行物体の中で、途方に暮れていた。 「そこまでだ!!今世紀最悪の悪の化身、切原赤也!!」 「出たな!ダイブツダーめ!!」 なので。 ダイブツダーが来てくれたことは、本当にありがたかった。 正義の味方と戦えば、悪いことをしているように見えるからである。 場所は多摩川の川原。 都内に入るなり、迎撃されるなんて、なんとも警戒されていたみたいで、悪人冥利に尽きるなと、切原は嬉しくなった。もちろん、彼は、柳が橘に電話を掛けたなんて、知りはしない。 初夏の日も少し西に傾いて、水面にきらきらと弾けている。 「覚悟しろ!切原!」 「ははは!返り討ちにしてくれるわ!」 切原は生来のノリの良さを思う存分発揮した。 川原を戦場に変えて。 ほくろ戦士たちは、上空のワルサー1号に向けて、次々に技を繰り出した。 「波動球!」(「腕、傷めるなよぉ。」←本部の桜井) 「ばぁう!!」(「樺地、お前の波動球をぞんぶんに味あわせてやれ!」←本部の跡部) 「行くぞ!正義のムーンボレー!」(「行っけぇ!大石!」←本部の菊丸) 「ポーチだ!東方!」(「オッケー、南!」←本部で宿題中の東方) 「喰らえ!正義の鉄槌だ!」(「お兄ちゃん、決め技、ないの?」←本部の杏) 「ぐわははは!効かないぞ!そんなもの、痛くも痒くもないわ!」 全ての攻撃は、命中しているにもかかわらず、ワルサー1号はぴくりともしない。 さすがに歴戦の戦士ダイブツダーにも動揺が走る。 「くっ!なんて頑丈さだ!俺たちの攻撃が全く効かないとは!」 「くじけるな!大石!やつは今世紀最悪の悪の化身!手強いことは分かっていたはずだ!」 「そ、そうだったな。南。部活の先輩がそう言っているんだから、切原は本当に今世紀最悪の悪の化身に違いない!だが、負けるものか!!」 「ああ。その意気だ!それに、俺たちの技は攻撃力がほとんどないしな。」 「……言うなよ、南。」 しかし、そのころ。 「う〜ん、丈夫なのは助かるけど、柳先輩、攻撃用の装備、何も付けてくれなかったんだなぁ。これじゃ、何もできないじゃん。ま、お昼休みに造ったんだから、仕方ないかぁ。まいったなぁ。どうしよ。」 やっぱり、切原は困っていた。 ワルサー1号には飛行のためのシステムしか搭載されていなかったのである。 一方、川原では、万策尽きたほくろ戦隊。 額の汗を拭いつつ、荒い息の中、片膝を突いたまま、橘は仲間を見回した。 みな、一様に片膝を突いて、疲労の色をにじませている。 勝負を急がなくては、みんな、やられてしまう。いや、ここで俺たちが倒れては、東京が、世界が、悪の神奈川に侵略されてしまう! ここは……ここは、もう、あれを使うしか、ないか……。 「こうなったら、みんなで力を合わせて、大仏アタックだ!」 「うん。それしかないな、橘!」 五人は、ゆらりと立ち上がる。疲れ切ってはいるが、彼らの瞳は、まだしっかりと、世界平和を願う強い心を宿していた。 ちゃっちゃらっら〜♪(←BGM担当・本部の桜井) 意味もなく、夏の湿っぽい風が吹き抜けてゆく。 ほくろ戦士たちのレギュラージャージを揺らして。 そして、五人の選ばれた男たちのほくろが、今、熱い光を放つ! 「行くぞ!欣求浄土☆厭離穢土!大仏アタッ……」 「わぁっ!待って!真田副部長から電話掛かってきた!」 「あ?」 切原が唐突に、橘の必殺技コールを遮って。 携帯を取った。 「あ、もしもし、真田副部長?……はいはい。やってますよ〜。結構、頑張ってます!……え?夕食?もうそんな時間っすか?……は、はい!分かりました!……そうっすね。夕食に遅れると柳先輩怖いっすからね。はい。」 「むぅ!正義の味方との戦いよりも携帯を優先するとは、さすが、今世紀最悪の悪の化身だな!」(←本部の菊丸) 「礼儀がなっていないやつだ。こういうときは、電源、切っておくものだろ?」(←本部の跡部) そんなわけで。 「すんません!俺、帰らなきゃいけないんで。今日はこの辺で!」 今世紀最悪の悪の化身切原赤也は、大慌てで、ワルサー1号に乗って帰っていった。 多摩川の川原の灌木に、すがすがしい夕暮れの蝉時雨が、いつまでもいつまでも、降り注いでいた。夕焼け雲の朱が、川面に照り映えて、静かに輝いて。 激戦を戦い抜いたほくろ戦士たちは、遠い目をして、お互いの健闘を称え合うのであった。 「さぁ、帰るか。こっちも夕食の時間だしな。」 「はい!橘さん!」 「俺、部室の鍵を閉めに戻らなきゃな。」 「俺は宿題やらなきゃ。」 『早く帰ってこい!樺地!』(←本部の跡部) 「うす!」 かくして。 東京の平和は、今日も守られた。 ありがとう!ありがとう!!ほくろ戦隊ダイブツダー!!
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卯月にゃお様にいただいちゃいました! 卯月さんちの「大仏騒動」シリーズとかよんで、メロメロしちゃって、迷惑顧みずにダイブツダーのイラストを送りつけてしまいましたら、なんとなんとなんと、くださったのですよ、このダイブツダーのSS(T_T)! ああ、橘さん、ダイブツダーでもカッコいいわ……。 副部長、ダイブツダーでも爽やかだわ……。 南くん、ほんのり地味だわ……。 樺地くん、やっぱり「うす」しか言わないわ……。 石田くん、着メロ木魚なのね(T_T)!? いやもう、素敵なダイブツダーと、後方支援の五人組に、うっとり。何気に、杏ちゃんと英二くんは後方で役にたっているのか判らないトコが、またいいです!(笑)立海大付属の三人のどうしようもないアホさ加減とか!!(笑) 卯月さん、ほんとうにどうもありがとうございました(T_T)! ……次回予告まで持ち帰ってきちゃってよかったのかしら?(笑) 卯月にゃおさんの素敵サイトはこちら→東京夢華録 |