なんか、ちょっとムカついた。 大石副部長は怪我をしたから試合に出られないと聞いて。 レギュラー落ちしたショックか何か知らないけど、三日も部活サボった桃先輩が繰り上げでメンバーに入ったのは、まあ良かったねと思うけど……。 あの人、嬉しそうに笑ってたのに。 校内ランキング戦Dブロックの最終試合。海堂先輩に負けず劣らずしつこく、でも海堂先輩と違ってやたらと爽やかに俺を振り回しておいて、三年なのに一年の俺に負けて、それでも俺と握手しながらレギュラーに残れたって笑ってたんだ、あの人。 あの人は俺と違うテニスをする。ほんとに嫌なとこついてムーンボレー打ってくるし、粘り強くボール打ち返してくるし。それはあの人に言わせると、俺が本能でやっている事を頭でやろうとして、半分くらいしかできてないとか言うんだけど。 俺はシングルスではあの人に絶対に負けないと思うけど、ダブルスじゃあの人が無敵だと思う。尊敬とかとは違うけど、別の舞台で戦う人って意味で、認めてたんだろうな、俺。まだまだだねって思った事、別に無いし。 ムカついたのは、だからかもしれない。 大石副部長が会場に駆け付けてきたのは、菊丸先輩と桃先輩の試合中だった。誰かが駆けてきた足音には気付いていたけど、それが副部長だと気付いたのは、菊丸先輩と桃先輩が俺の後ろを見つめて笑ったから、何かと思って振り向いた時。 自分はレギュラーじゃないと主張するためなのか知らないけど、律儀に桃先輩のジャージ着て、桃先輩の作った恥ずかしいハチマキ巻いてる。ジャージの下には多分真っ白い包帯が巻かれてるんだろう。 「遅かったっスね」 なんて言っていいか判らないのに、黙っている事ができなくて俺がそう言うと、大石副部長は笑いながら答えてくれた。 「越前に遅刻を責められるなんて、俺もまだまだだな」 別にそう言う意味で言ったわけじゃないけど。ま、いいや。 「菊丸先輩、ずいぶん怒ってましたよ」 「やっぱりか。後で何か奢ってやらないとなぁ」 何がいいかなあ、とぶつぶつ呟きながら、視線は常に試合中のふたりを追ってる。オーストラリアンフォーメーションなんて、大石副部長なしでやるには際どい技をやってるから、目を離すのが心配なんだろう。 って、桃先輩、あんな事もできるんだ。大石副部長の代わりって気負ってるからってのもあるんだろうけど……海堂先輩とのダブルスもけっこういい感じだったし……なんか俺とのダブルス上手くできなかったの全部俺のせいみたいじゃん、これじゃ。 「怪我を隠してでも試合に出ようとか、考えなかったんスか?」 「どうして?」 「ほら、今の菊丸先輩のショット。大石副部長ならもっと際どいところに打てたでしょ。そしたら決まってた」 「普段の俺なら打てたかもしれないけれど、今の俺には打てなかったよ、多分ね」 大石副部長は肩を竦めながら言った。 「正直、悔しいよ。テニスがしたい。試合がしたい。多分この試合が団体戦じゃなかったら、そして俺がダブルス選手じゃなかったら、越前の言う通り怪我を隠して試合に出ていたと思うよ」 「皆のために我慢してるんスか?」 「俺はそんなに殊勝な奴じゃないよ。皆のためじゃなく、俺のため。青学を関東大会で終わらせたくない……全国に行きたいって、思っているから。皆の力を信じているから、なんとか我慢できるんだ。ほら、考えようによっては楽して全国に行けるんだから、ちょっとおトクだろ?」 よくわかんない事言いながら、大石副部長は左手を俺の頭にぽんと乗せる。なんかこの人、俺の事を子供扱いするよな。体の大きさ的には子供かもしれないけど、関係ないじゃんそんなの。 「お前も頼りにしてるよ、越前」 当然っしょ。 「この試合は当初の予定通り補欠のようだけれど」 余計なお世話っス。 「今見守る事しかできない分、全国では暴れてやるつもりだ。だから頼んだぞ」 「はいはい」 「はいは一回だ、越前」 「はーい」 大石副部長は大きくため息を吐き、誰かに嫌われる事を知らないだろう、温かく優しい微笑みを浮かべながら言った。 「ほんとに頼もしいよ、お前は」 そして、もう一回俺の頭を軽く叩いて階段を降りていく。 ま、当然の事ながら、期待に添わせてもらいますよ、先輩。 |