ひとり佇んで空を見上げる手塚に、誰も気付かなかったのだろうか。それとも、気付いていながらその厳格な空気を引き裂いて近付く事ができなかったのだろうか。 他の皆がどうだったかは判らないけれど、とりあえず俺は後者の人間だ。 少し離れたところから見た手塚が、美術の教科書に小難しい題名と共にのっている絵か写真のように思えた。そのせいで、手塚の視線がゆっくりと地上に降り、越前を捉えるまで、声をかける事ができないでいたんだ。 「手塚?」 ようやく俺が手塚に声をかける勇気が出た時、越前をのせた竜崎先生の車は病院へ向けて出発する。不慮の事故で傷付いた左目を診てもらうためにだ。 車が見えなくなるまで、手塚は黙って目で追い続けて。 「何を考えているんだ?」 俺が手塚のそばに寄り、そう声をかけると、手塚は越前を追うのを止めて俺を見下ろした。 情熱を奥底に秘めた、冷静な瞳。 一目見ただけで、何らかの決意をしたのだろうと想像がつく。 「大石、俺は」 その先を聞く事に、少なからず恐怖に似た感情を覚えつつも――俺は逃げる事はできなかった。責任感からか、好奇心からかは、判らないが。 「俺は越前と試合をする」 人が成長するためには挫折が必要だと、何かの本で読んだ事がある。本のタイトルは忘れてしまったけれど、その一文だけがひどく印象的で、忘れる事はできなかった。本当にその通りだと、俺の短い人生経験からでも、心の底から納得できたからだ。 手塚は越前と戦うと言った。 それは、越前に敗北を与えるとほぼ同意語。敗北は、手塚が越前に与える事ができるもっとも手軽な挫折。 「ゲームセット……か」 越前の世界は、とても狭く区切られている。今はまだ、その狭さで充分なほど、越前は強いけれど。 青学のために、越前自身のために、手塚は越前に外の世界を見せる事を望んだ。 世界を狭める殻を破り、外に出てくる事で、越前はよりいっそう、強くなる事ができるから。今彼に圧倒的な力量の差を見せ付けた男に追い付き、追い越す事ができるかもしれないほどに。 越前を束縛する殻はきっと、越前自身が幼ければ幼いほどに柔らかい。 だから気が逸る手塚の気持ちも理解できて、反対する必要もないと、思っていたけれど。 それでも、おそらくは今まで同年代の人物に負けた事がないだろう越前の歪んだ表情を見るのが辛くて、俺はふたりに背を向けて目を伏せてしまった。 「越前」 ゆっくりと越前に歩み寄る手塚の足音。 そして。 「お前は青学の柱になれ!」 それは。 手塚を狭い世界に閉じ込め、自由を奪っていた殻を破り去った、大和部長の言葉。 その言葉が手塚にとってどれほど大切で、どんな想いがこもっているかを、越前は知る事がないだろうけれど――同じだけ大切な言葉になるだろう事は、簡単に予想できた。 「手塚……」 音が、聞こえてくるようだよ。 越前がお前を捕まえるために、薄く柔らかい殻を破って飛び出してくる音が。 |
こう言う話をとりあえず書きたかったんですが、なんか上手くまとまらないと言うか……どうしてよいか判らなかったので、ギリギリ(100のお題がのこり2コになるまで)まで粘ろうと思っていたら、このお題で別の話を書いてしまったので、いさぎよくゴミ箱行きにしました。 思い入れのある話ではあるんですが、いかんせん、私の実力不足で。まったくボツにしてこの話を無かった事にするのはイヤだったので、ここに残します。 書き直したほうとテーマ(?)的には変わりませんね。世界の果てを壊す、って感じです。 |