「手塚。大石がお前にかわってくれってさ」 桃が大石を迎えに病院に走り出したとほぼ同時に、竜崎センセから手塚へ携帯電話が渡された。手塚は相変わらずの仏頂面で、あんなんで人生楽しいのかなーとかいつも思う。大石とか不二とか乾とか、「手塚、今日は楽しそうだな」って言っている事あるけど、俺には違いがさっぱり判らない。 それにしてもわざわざ手塚に電話かわるってどう言う事だろ。電話で話す時間があるなら、さっさと走ってくりゃいいのに。あと十分くらいしか時間がないんだよ? 「どうした、大石」 手塚に集中する好奇心混じりの視線の中に、ひとつだけ混ざる苦々しい視線――竜崎センセの。 もし、大石がこの大会に関する重要な事を手塚に伝えたいのだとしたら、当然顧問の竜崎センセには手塚よりも先に伝えちゃってるわけで。それは思わず表情を曇らせなきゃいけないような話で。 「そうか、判った」 不二と乾が手塚の声音に何かを感じたらしく、驚いた顔をする。今回ばかりは俺も、手塚の声の中に嫌な予感を覚えた。 「菊丸にかわるか?」 嫌な予感、ますますアップ。ダブルスの相方である俺を名指しって、そーゆー事だろ? 手塚は俺の方に振り返ったけど、携帯の電源を切ってしまった。携帯を受け取ろうとして伸ばした俺の腕、結構虚しい。 「カードの残り度数と小銭が切れたらしい。必要最低限の事は桃城に伝言するそうだ」 「大石、なんだって?」 「右腕に怪我を負ったそうだ。試合には出られない、あとは桃城に託すと」 「はあ? なんだそりゃ!」 俺が怒鳴っても、手塚はやっぱり表情を変えなかった。携帯電話を折りたたんで、竜崎センセに返してる。 「だって大石、俺と約束したんだぜ? もう二度と負けないって。全国大会でナンバーワン取るって。なのになんで大会目前に怪我するワケ? 試合に出られなきゃ意味がないじゃん!」 「英二、君が言う事はもっともたけど、それ、僕らに言ってもしょうがないから」 こちらも相変わらずにこにこ笑顔の不二。いつもはなんとも思わないけど、今だけはなんかむかつく。 ちくしょう、と俺は怒りの矛先を地面に変えておもいきり蹴飛ばし、皆に背中を向けた。タカさんが「英二〜」って心配そうに声かけてくれたけど、悪いけど無視。 なんでなんでなんで!? なんでだよ、大石。俺との約束はどうでもいいって? そりゃあさ、子供が産まれそうな妊婦さんを助けた大石は偉いと思うよ。大石が妊婦さんほっといたら、妊婦さんも子供も危険だったかもしれないし……死んじゃったかもしれないし……それと引き換えにちょっとした怪我くらいって大石なら笑って言うだろうし……結局俺達、そう言う大石にむちゃくちゃ頼ってきたんだよな……。 もしその場に居たのが大石じゃなくて俺だったら、怪我するかもしれないって状況で、妊婦さんに手を差し出せたかな? 無理だろうな。少なくともためらうくらいはするだろうし。やっぱり大石は凄い。勇気あるよ。 いや、そうじゃなくて! 判ってるよ、大石はそーゆーヤツだって。判ってるけどさ、今日は特別な日じゃん? ようやく関東大会までやってきて、いきなり宿敵氷帝学園が相手なんだよ? 大石のサポートが無い上に、あのいや〜な応援の中で、いつも通りにできるわけ無いじゃん! 「竜崎先生。オーダーをどう変更しますか?」 「う〜ん。大石が欠けるのは痛いねえ。ダブルスを誰にするかだが、残っているのは菊丸と……」 「越前と桃城です」 「そりゃ、菊丸と桃城だろうねえ、どう考えても。悪いけどダブルス1は任せられないね。乾、海堂、お前達繰り上がりでダブルス1だ」 マジで!? 桃とダブルスな事に驚いていいのか、ダブルス2になった事に驚いていいのか、ホントわかんなくて、俺は両手の拳をぐっと握り締めて足元を睨んだ。 すっげー、悔しい。ほんとに。どうしていいかわかんないくらい。もし俺が今小学生くらいのガキだったら、泣いてたかもしれない。 「英二、大石悔しいだろうね。試合に出られなくて」 飄々とした口調で言うのは不二。なんだよ、俺だって悔しいよ! 大石と試合に出られないのが! 「そのせいで青学が負けたらもっと悔しいだろうね。悩んで悩んで胃を壊して再起不能になるかも」 「おいおい不二……」 「うー」 確かに不二の言う通りかも。特に俺の負けが青学勝利に響くような事があったら、「こんな大事な時に怪我をして……でも妊婦さんも見捨てられなかったし」なんて悩み尽くすに決まってる。胃に穴あけるかはわかんないけど。 くっそー。 「勝つよ! 桃とじゃ不安だけど、ダブルス2絶対勝ってやる! それで大石を安心させてやるからな! それでいいんだろ!?」 「いいんじゃない?」 なんか不二にいいように踊らされているような気がしてむかつくけど。 でもやっぱり、俺達が勝つ事は俺の望みで、多分大石の望みで、青学のためでもあるんだから。 「くっそー! 見てろよ大石! 絶対勝ってやるからなー!」 俺は拳を振り上げて、大空に向かって叫ぶしかなかった。 |