ポジティブ

 担任の先生に職員室に呼ばれて行ってみたら、プリントを教室まで持っていくように指示され、「あ、じゃあついでに頼むわ大石」と六組の先生にも同じ事を頼まれ、それで六組に顔を出したら、英二と不二に呼びとめられ、予鈴が鳴るまでいいか、と軽く雑談を交わしていたのだけど。
「大石は胃薬なんて持ち歩いて、一見後ろ向きな人間だけど、実はかなり前向きだよね」
 突然何を思ったか、不二が言った。
 不二が口にした事は、正直あまり言われた覚えがない事なので、腕を組んで上目使いに天井を見上げながら考え込んでしまう。
「そう……なのかな?」
「そうだよ」
 くすっ、と、不二は小さく笑い声をもらし、俺たちの間に立ってすでに「ふたりが俺に判らないムズカシイ話してる、降参」状態になっている英二の顔を覗き込んだ。
「英二、よく話してるじゃない。大石に『大丈夫だ』って言われると本当に大丈夫な気がして安心するって。僕もその意見には同意するけど」
「俺、そんな事よく言ってんの?」
「言ってるよ。しかも言われているシュチュエーションが毎回違っているから、大石は割と頻繁に『大丈夫』って口にしているんだろうね。でもさ、『大丈夫』なんて台詞を連発できるのは、バカか無責任か前向きのどれかじゃないとできないと僕は思うんだよ」
 不二は、「にっこり」と擬音が聞こえてきそうな笑みを浮かべていた。
 俺はううん、と返事を渋りながら――と言うよりも返事に困って――頬をかく。まあ、不二にバカだとか無責任だとか思われていないと言う事自体は、嬉しいのだけど。
「前向きって言うのは、英二みたいなヤツの事を言うんじゃないのか?」
「大石は氷帝戦のダブルス2を最初から見てないからなあ。英二はどちらかと言うと、前向きと言うよりは楽観主義って感じかな。僕の価値観では」
 不二は時々、難しい事を言う。俺は腕を組み、英二は頭を抱えて考え込むけれど、不二が言わんとしている事の半分も理解できていないだろう。
 楽観主義と前向きって、そんなに違うものだろうか? それとも不二の価値観とやらは、それほど一般からかけ離れているのだろうか。
「その差が、わかんない」
 疑問を口にしたのは、英二の方がわずかに早かった。俺も口を開きかけてはいたのだけど。
「うーん、そうだなあ。簡単に言うと、たとえば、ものすごい困難が目の前に迫っていたとするよね」
「うんうん」
「『大変だ、もうだめだ』とすぐ諦めるのが後ろ向き。で、『大変だけど、どうにかするぞ』と思うのが前向き。これが、大石」
「ああ、なるほど! なんとなく判った」
 英二は得意げに頷いた。そこは英二が頷くところなのかなと疑問には思ったけど……。
 でもまあ、そう言われてみれば、不二の言っている事も納得できるような気がする。確かに、すぐに諦めるのは嫌いだからな、俺。
「そして『大変だけど、どうにかなるさ』と思うのが楽観主義。これが、英二」
 一瞬だけ、耳が痛いくらいの沈黙が俺たちの間に流れた。
「……にゃんかそれ、バカみたいじゃない? 俺」
 不二に訴えかける英二の目は、心底不満げだった。うっかり不二がもうひと押ししたら、癇癪を起こすかもしれないくらいには。気を付けなければ。
 と思っていたけど、しかしここはさすが不二。上手く見極めができている。
「違うよ英二。この場合馬鹿なのは、大変かどうかも判断できないでつっこんでいって玉砕する人じゃないかな? それはそれで、時と場合によっては格好いいと思うけどね」
 何やらやたら具体的な気がするけど……誰か思い浮かべながら語っているのだろうか?
 いや、怖いから聞かないでおこう。
「氷帝戦のはじめの頃の英二はさ、楽観主義とは縁遠い顔してたじゃない? あれは、いつもピンチの時になんとかしてくれる相棒が同じコート内に居なかったから、『どうにかなるさ』とは思えなかったから、だろう?」
 英二はただでさえ大きい目を、いっそう大きく見開いて。それから覗き込むように不二と俺の顔を見て、照れくさそうにうつむきながら頭をかいた。
 ああ、そんな事もあったんだ。英二は当然の事ながら話してくれなかったから、まったく知らなかった。
 俺が会場に到着した時は、英二は桃とオーストラリアンフォーメーションを成功させていたし、表情もいつも通りに明るくて、そんな不安がっていたなんて判らなかったけど。
 英二や桃には悪いと思いつつ、俺が居ない場所で必要とされていたと言う事実に、こっそり安心してしまった。
「なんかそれじゃ、俺は大石居ないとなんにもできないみたいでカッチョわりーじゃん」
 あ、拗ねた。
 微笑ましいと言うか、なんと言うか……俺は英二の目を盗んで、不二と笑い合う。
「そんな事ないよ英二。不二の言葉を借りれば、俺が前向きでいられるのは英二のおかげ、って事になるんだから」
 英二の顔が急速に、明るい、嬉しそうな笑顔に変わっていく。
 ここに乾あたりがいたら、「菊丸のご機嫌とりか?」なんて言われてしまいそうだけど、それは断じて違う。俺は本当の事しか言ってないからね。結果的に英二の機嫌が取れただけだ。
「『どうにかするぞ』って俺ひとりがどんなに頑張っても、どうにもならないじゃないか。英二がいてくれて、今までどうにかしてこれたから、俺は前を見続けていられるんだよ」
「そ、そーか?」
「そうだよ」
「そんなら、いいけどさっ」
 ここで、不二はふう、と大きなため息。
「別に僕はダブルスの話だけをしていたわけじゃないんだけど……君たちと話すとなんでもそっちに持ちこまれそうだね。さすがだよ、ゴールデンペア」
「へへ〜んだ、孤独なシングルスは羨ましいだろ!」
 英二の満足そうな笑顔に合わせて、校内に予鈴が鳴り響いた。不二は「別に」と英二に聞こえないように呟いていた気がするけど……気にしないでおこう。ツッコむと話が終わらなそうだから。
 それにしても、突然不二が妙な話をしはじめた時はどうしようかと思ったけど……終わってみれば、なかなかためになる話だったかもな。
「じゃあな、不二、英二」
「おーう」
「それじゃ、また部活で」
 大きく両手を振る英二と、小さく手を振る不二に、俺は軽く手を振り返し、六組の教室を後にした。

 うちのゴールデンペアはこんな感じ、みたいな感じで、書いたのですが。
 なんか仲良しすぎて恥ずかしくて、隠しちゃいます(笑)別にできが気に入らないとかそう言う訳では無いのですが、すごく恥ずかしくて……。なんででしょう? なんでゴールデンペアだと恥ずかしいんでしょう?(笑)
 コレけっこう前に書いたんですね。調べてみたら二ヶ月前でした。ネオ地味’sよりも前でした。なんか他の気に入ってるのをどんどこアップしているうちに、見ていられなくなったんですな(^_^;A 書いてから時間をあけてアップするってのは、質の向上のためにはいいんでしょうが、ちと勿体無いかもデス(笑)


テニスの王子様
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