ネオ地味's

「だから言ったじゃん? そんな顔してたらラッキーが逃げちゃうよん、ってさ〜」
 関東大会抽選会の帰り道。後ろから追いかけてきたラッキー千石が手塚の前に回り込み、眉間に指をつきつけた。
 さすが、恐れを知らない男だ、千石……。お前がもし青学の生徒だったら、間違い無く、グラウンド二十周だったぞ。
「クジを直接は引けないから、オレのラッキーを見せつけられないかな〜と思ってたけど、そんな事なかったね。初戦の相手が氷帝なんて、ほ〜んと、青学はアンラッキ〜」
「関東大会の相手は全て厳しい予選を勝ち抜いてきたチームだ。どこが初戦の相手であろうと勝利は容易に手に入るものではないだろう。運が良いも悪いもない」
「まあそれはそうだけど、やっぱ実績があるチーム相手だとプレッシャーが違うじゃん?」
 これ以上千石が手塚につきまとったら、手塚がキレるのではないかと内心心配していた俺は、千石が手塚のそばを離れてやや後ろを歩く南の隣に戻った事に安堵し、胸を撫で下ろした。
 それにしても、南はすごいな。
 青学は個性豊かで協調性のないやつらが揃っていると思ってたけど、山吹はその比じゃないと思う。特に千石と、今はもうやめてしまった亜久津は、個性的なんてレベルじゃないだろう。言っちゃなんだけど、ほとんど問題児だ(いや、亜久津は間違いなく問題児だったけど)。
 そんな学校で部長を務めるなんて、大変だろうに。
「お互い大変だな、大石」
 俺の心を読んだとしか思えないほど絶妙なタイミングで、南は俺にそう言ってきた。
「そうかもしれないな」
 そんな事ないよと言い返す気にもなれず、あっさり肯定してしまう俺だった。
 でも青学は、「鶴の一声」を持つ手塚が部長だから、俺の苦労なんて大した事ないけど……南はどうなんだろう。
「何が大変なんだい、南?」
「お前がウチの副部長だって事だよ」
「うわっ、ひどっ、ひどいよ南! ねえ大石くん、今のは酷いよねえ?」
 ごめん、千石。俺は南に同情してしまって、ひどいとは思えなかったよ……とりあえず、笑ってごまかしておこう。
「なあ大石」
「なんだい、南?」
 完全に千石を無視する気なんだな、南。あ、傷心の千石がまた手塚に近付いていったよ……。
 まあ、しばらく放っておいても大丈夫だろう。部長の南がそうする以上、千石への最良の対処法は、きっと無視なんだ。それなら手塚の得意としているところだし。
「俺は、敵であるお前は本当にやっかいな奴だと思っていた。と言うか今でも思っている。絶対勝てると思っていた作戦で挑んだのに、結局負けちまったからな」
「いや、南たちこそ手強かったよ。作戦に関係なくね」
「本音を言えば俺たち、できることならあんな陰湿な作戦を使わず、正々堂々と勝ちたいと思っていたんだ。けど、やっぱりなあ……天然に陰湿なお前のムーンボレーに対抗するにはあれしかなかったんだ」
 ……。
「南」
「ん? なんだ?」
「今の、誉められているのかけなされているのか、イマイチ判らなかったんだけど」
「どこかけなしているところ、あったか?」
 …………。
「いや、判らなければいいよ」
 地味'sなんて言われているけど、他の人たちに比べれば常識人なんだと思うけど、南もやっぱり山吹の生徒なんだなと思った。
 まあ俺も、俺のムーンボレーが陰湿だと言われて否定できないからな。しょうがないか。
「まあいい。それで、敵としてのお前は本当に嫌なんだけどな。ときどき、喜多と新渡米がわけ判らん時とか、千石がうるさい時とか、太一に言葉が通じない時とかに思うんだ。あの手塚とか、腹黒い天才とか、二重人格とか、マムシとか、生意気なルーキーとかと和やかにやっていく力を持つお前がウチに居てくれたら、どれだけいいかと」
 そんなにしんみり言われてしまうと、ほだされてしまうのが人情と言うものだ。必要とされる事は嬉しい事だと思うし、何より南の苦労は目に見えてわかるから。
「別にうちの部をまとめているのは、俺だけの力じゃないよ」
「そうかもしれないが、お前の支えがあるからこそ、だと思う。なあ、お前も青学じゃ大変だろ? 今からでもウチに来ないか?」
 青学より山吹の方が楽だぞ、とでも言いたげなその口調に騙されそうになったけど、青学より山吹の方がよほど大変そうに思えるよ、俺は……気のせいかな?
 まあどうせ冗談だろうから、冗談で流しておこう。
「山吹はもうダブルス1、2と確定しているじゃないか。入る余地がないところに転入してもなあ」
 笑いながら返すと、南は間髪入れずに真剣な顔で言った。
「お前の実力なら充分シングルスでもいけるんじゃないか? 亜久津の穴があいてるから、そこに入ればいい。それでもお前が、どうしてもダブルスがいいと言うのなら、東方を落とす。俺と組もう」
 南、顔が本気っぽいぞ……? そこまで辛いのか? 千石の補佐(と言っていいのか)で山吹の部長をやるのは。
「あ、いいねーそれ! 大石くんと南のペア、ぜんぜんいけるじゃん! 強そーだし! 大石くんになら、副部長の肩書き譲ってあげてもいいよ〜」
 手塚にかまってもらえなくて寂しそうな千石まで、あおってくるし。
 冗談でもいいのか? そんな事言って。ここに居ないとは言え、東方の立場がないじゃないか。
「だって大石くんも地味だもんね! 東方と入れ変わっても地味'sのまんま〜。でもそのまんまじゃ味気ないよね。バージョンアップしてネオ地味's! なんてどうかな?」
 ……………………。
「ありがとう千石。俺、今すぐどこかに転校しなければならない事になっても、絶対山吹にだけは行かないよ……」
「え、なんで!? ひどいな〜!」
 ひどいなじゃないだろ、ひどいなじゃ。
 俺はその場に立ち尽くす白ランのふたりを置き去りに、手塚の隣に戻るために小走りで駆けはじめた。

 関東大会の抽選会は、ほんの少しだけ俺の胸に傷を残す事となった。


テニスの王子様
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