好き?

 大親友の朋ちゃんとは、いつも一緒にお昼を食べているんだけど。
 お弁当を食べ終えた朋ちゃんは、購買で買ったいちごミルクを飲み終えて、急に真剣な顔になったかと思うと、ちょっぴりキツい視線で私を真っ直ぐ見つめてきた。
 活発でしっかりした朋ちゃんより、いつもワンテンポ(どころじゃないかもしれないけど)遅い私は、なんだかちょっと慌てちゃって。お弁当の最後の一口を急いで口の中に入れる。
「どうかしたの? 朋ちゃん。今日、ちょっと変じゃない?」
 私は訪ねてから、やっぱり購買で買ったオレンジジュースのストローを口に咥えた。
「ねえ、桜乃」
「なあに? 朋ちゃん」
「私に何か言う事ないの?」
 朋ちゃんがあんまり真剣な顔で言うものだから、私はジュースを飲むのもそこそこに、朋ちゃんに向かい合った。
 けど、いくらそんなに改まって言われても、特別言う事なんてない……と思う。リョーマ君にふられた事だって、次の日の昼休みにはちゃんと報告した。それに、私どんくさいけど、朋ちゃんには、けっこう言いたい事言ってると思うし……優しいから、言わせてくれる子なんだよね、朋ちゃんは。
「特にないケド……突然なんで?」
 心当たりがないから、私は首を傾げて訪ね返したんだけど、朋ちゃんは納得してくれないみたい。眉間にすごくシワを寄せてる……怒ってる、の、かな?
「だって桜乃、最近金曜日の昼休みは必ず図書室行くよね?」
「あ……うん」
 火曜日の放課後も、なんだけど、弟の世話がある朋ちゃんはいつもはやく帰っちゃうから、それはさすがに知らないみたい。
「それで、図書室では必ず大石先輩に会ってるんだよね?」
「うん、そうだけど?」
 あれ、なんで朋ちゃんが知ってるんだろう?
 言われてみれば私、大石先輩との勉強会の事、朋ちゃんに話してなかった。いつも図書室行ってくるねーって言うだけで。
「そうだけどって、それで私になんにも言う事ないの?」
 私は勉強会がなくてもけっこう頻繁に図書室を利用するから、それと同じだと思ってたんだろうな、今まで。それなのに勉強会なんてしてたから、ちょっと怒ってるのかもしれない。
 朋ちゃんは私と違って頭がよくて、いい成績キープしているから、勉強会は必要なさそうだけど……やっぱり卑怯だったかな?
「もしかして、朋ちゃんもどこかでつまずいてるの?」
「……何の話?」
「だから、朋ちゃんも勉強会に参加したいんでしょう? 今ね、基本的には金曜日のお昼休みに数学、火曜日の放課後に英語を教えてもらっているんだけど、朋ちゃんは何の教科が苦手なの? 大石先輩ね、英語が得意らしいんだけど、どの教科でも判りやすく教えてくれるよ。すごく頭がいいみたい」
「そーじゃなくてー!」
 朋ちゃんはバン! と大きな音を立てて机に両手をつき、私に迫ってきた。あんまり大きな音だったから、教室中の視線がちょっぴり私たちに集中しちゃう。校庭とかに遊びに行っちゃってる子が多いから、今教室にはあんまり人が残っていないんだけど、それでもちょっと恥ずかしい。
「ど、どうしたの朋ちゃん。いきなり怒って」
「フツーそんなごまかされ方したら怒るってば!」
 ごまかす? 私は何もごまかしたつもりなんてないけど……。
「だって桜乃、大石先輩と週二回も、ふたりきりで会ってるんでしょ?」
「うん……そうかな。ときどき約束して、別の曜日の昼休みとかにお願いする時もあるけど」
「それで手作りクッキープレゼントしちゃったりして」
 えっ、それ先週の金曜日の事? 確かにプレゼントしたけど、なんで朋ちゃんが知ってるの!?
「だって学校で皆で食べるためにおかしもちよろうって言ったの朋ちゃんでしょう? それでクッキー作ろうと思って……それで、先輩にいつもお世話になっている事思い出して、お礼にと思って」
「もういいわけはいいって! だから桜乃は、大石先輩と、つきあってるんじゃないの?」
 …………え?
 朋ちゃんがあんまりにあんまりな事を言うから、私は硬直しちゃって、口をぽかんと開けたまま、しばらく何も言い返せなかった。
「つ、つきあってなんかないよ! そんな事言っちゃ、せ、先輩に失礼だよ!」
 私は両腕を大きく振って、どもりながら精一杯否定する。
 だってホントに、そんなんじゃないもの。
 大石先輩は優しいから、ホントに凄く優しいから、のろまで頭が悪い私の勉強に付き合ってくれるだけで……ほんとにそれだけで。
 先輩は個性的なテニス部の先輩たちの影に隠れているけど、顔整っているし、優しいし、スポーツできるし、頭もいいし……さりげなく大人で、さりげなく、嫌味なく完璧な人で、だから私なんかを、そう言う意味で相手になんか、しないよね?
 してくれるはずない、よね。する必要が、ないもの。
「ホントに違うの?」
「違う……よ」
 朋ちゃんがヘンな事を言い出すから、なんだか胸がもやもやしてきた。
 あんまり先輩が優しいから、先輩のそばが心地いいから、考えた事がなかったけど。
 大石先輩、彼女とか居るのかな? だとしたら、昼休みはまだともかくとして、放課後まで私のために時間を使わせたら……悪いよね。
「桜乃がそこまで言うなら信じるけどさぁ……そーか、違うのかー。先週の金曜日、私ね、桜乃に会いに昼休み図書室行ったんだけど、なんかふたりがすごくいい雰囲気で近寄れなくて、帰ってきちゃったんだよね。で、そう言えば最近、毎週金曜は定期的にいないなーって思って、勘違いしちゃったんだけど。教えてくれないなんてひどいなーとか、さ」
「え……?」
 いい雰囲気? 私と? 大石先輩が?
「朋ちゃん、ヘンな事言わないでよ」と言おうとしたけど……少しだけ胸のもやもやが晴れたから、そんな事言いたくなくなって。
 でもね、違うんだよ、朋ちゃん。
「先輩はね、すごく優しいから、私が英語とか数学とか苦手だって言ったら、教えてくれるようになっただけだよ」
「それだけで週二回も大して関係のない後輩のために時間割いたりするかな?」
 するよ、たぶん、大石先輩は。だってそう言う人だから。
 誰にでも優しい人、だから。
 そっか。ああ言う勉強会、私以外とも、してるかもしれないんだ。なんかちょっと、それは……イヤ、かな。
「けっこう大石先輩、桜乃の事好きだったりしてー」
「なっ……!」
 私は動揺のあまり、両手で持っていたオレンジジュースのパックをちょっと強く握っちゃって、そのせいで少しだけ中身が飛び出した。
「ななな、なんて事を言うの、朋ちゃん! 冗談でも、そんな事言っちゃダメだよ!」
 あわててそう言うと、朋ちゃんはちょっとだけきょとんとして、それから何か含んだ笑いを浮かべる。
「冗談のつもりなんかなかったけど……ねえ桜乃。桜乃こそ、大石先輩が好きなんじゃないの? そんなに真っ赤になっちゃって」
「ちがっ……!」
 違う、のかな?
 大石先輩と一緒に居ると、安心する。
 暖房がきいているわけでも、日が射しこんでいるわけでもないのに、あったかい感じがして。
 すごく優しい気持ちになれるし、楽しい気が、する。ずっと笑っていたくなる。
 そう言えば、リョーマ君の事考えても、もうそんなに……と言うよりぜんぜん、辛くないし。
 むしろ、大石先輩の事を考えている事の方が、多い気がするし。一緒に居る時だけじゃなくて、ひとりでいる時も。
 これって好き、なのかな?
 私が、大石先輩、を?
「……!?」
 うわっ〜どうしよう。すごくドキドキしてきた。
「図星でしょ? だいたい桜乃みたいな引っ込み思案なコが、男の人とふたりきりで何かするなんておかしいと思ったんだ」
「朋ちゃぁ〜ん……」
 大石先輩とふたりで勉強したり、お茶飲んだり、おかしたべたり。今まで平気だった事が、すごく恥ずかしくて、でも嬉しい事に思えてくる。
 どうしよう。次に先輩に会うのは、明日の放課後なんだけど……どんな顔して会えばいいか判らなくなっちゃったよー!
「もうっ、朋ちゃんが余計な事言わないでいてくれれば、なんにも考えずに、いつも通り普通に会えたのにー!」
「あはははは。まー頑張れよー、桜乃! 私も頑張るからさっ!」
 朋ちゃんは元気よく大口あけて、笑いながら私の肩を叩いてくれたけど。
 私は笑い返す事すら、うまくできなかった。
 ……明日、普通の顔して大石先輩に会えるかな?


テニスの王子様
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