橘さんの去り際に、絶対泣かないって、俺たち皆宣言してたんだ。 だってハズかしいし、男六人(中でも特に、石田)に泣かれたら、橘さんも迷惑だろうしさ。 でも。 「とか言って、ぜってー最初に泣くの、アキラだよな!」 なんて内村がほざいてたから、俺は絶対、内村の後に泣いてやるって心に決めた。内村より後なら、二番手でもいい。 そんで気付いたら、誰が最初に泣くかで賭けてたんだよ、俺たち。はずれたヤツが当たったヤツに卒業式の日の昼飯おごるとか、そんなんだけど。 内村と桜井と石田が俺に賭けて、俺は内村に賭けて、深司は森に賭けて、森は石田に賭けて。 だけど桜井と深司には、誰も賭けなかった。 卒業式の最中に泣くのは、なんとかこらえたんだけどさ(橘さんが名前呼ばれて立ち上がった時と、校長から卒業証書受け取った時は、かなりキたけど)。 式の後、橘さんが部室に挨拶に来てくれた時はどうしようもなくなった。 しょーがねーだろ! 鞄からはみ出てる卒業証書の筒とか、胸に止めてある祝・卒業とか書いてある安っぽいバッヂとか、手に持ってる卒業生に贈られた一輪の花と紅白まんじゅうの箱とか、全部がさ、「この学校から橘さんが居なくなる」って叫んでるんだからよ! それでも俺には意地があったから、ちくしょー内村、早く泣け! なんて思いながら我慢してた。 そんな感じで回りを見る余裕がなかったから、橘さんがビックリして目を丸くしているのを見た時は、何が起こったか判らなかった。 な、何に驚いているんですか? 橘さん。 「ど、どうしました、橘さん」 「いや……」 橘さんの目は、一箇所に釘付になってた。 俺と、内村は、同時に振り返って――橘さんと同じように目を丸くして、硬直する。 だってそこに居たのは、深司で。 深司の頬に、涙が伝ってて。 ……な? 驚くだろ? 誰だって。 ありえない光景見ちゃったとか、思うだろ!? 硬直するだろ!? 「あれ……?」 俺たち全員の視線を集めている事で、ようやく深司は泣いている事を自覚したみたいで、制服の袖でごしごしと目をこする。深司なりに照れてるのか、よく判んねーけど、キッと俺ら(除く橘さん。当然)を睨んだりして。 「何見てるんだよ」 「何って、めずらしいモンを」 「俺は見世物じゃないよ」 「下手な見世物よりよっぽど貴重だったぞ、今。お前が橘さんとの別れが悲しくて泣くなんて、ありえないと思ってた」 コイツが俺たちと同じように、心底橘さんを慕っていたのは、判っていた事だけど。 でもなんか、深司っていつも無表情だし。ボヤいてるし。不気味だし。 楽しいから笑ったり、悲しいから泣いたりとか、そんな普通の事と、無縁なヤツだと思ってた。 「違う、これはきっと……ニューロンのいたずらだ」 は? ニューロン? いたずら? 「ワケ判んねー難しい事言って、俺をごまかそうとしてるだろ、お前。バカにすんな」 「俺は悲しいわけじゃなくて、きっと神経が出した指示に異常が……あるいは伝達が間違って……」 「だから、ワケ判らない事はもう、いいっつの!」 俺はぼんやり、あの賭け、深司のせいで不成立じゃん、とか考えながら、だったらなんかもう内村に負けてもいいやと思っちまって、ボロボロ涙こぼした。 そんな俺につられるように、内村が泣いた。森も、顔を伏せながら小さく嗚咽を漏らして。桜井は、なんか我慢してるような顔して唇噛んでて、石田は、目頭おさえてた。 なんだよ皆、バカみてーに我慢しやがって! 「いいじゃねーか! 橘さんが、居なくなるのは、悲しいし、寂しいんだよ! だから、その事で俺らが泣いたって、恥ずかしくも、なんとも、ねーの! 間違ってるなんて、ありえない!」 涙声で、途切れ途切れにそう叫んでみたら。 深司は「なにそれ、そんな事言う方がむしろ恥ずかしよね……」なんてボヤきつつ、俺から顔反らした。 なんだよ、お前だって、そうやって隠れて泣いてるくせに! |
100のお題の方にある、「ニューロン」の神尾くんバージョンです。と言うか、初稿。 書き上げて三日ほど放置して読み返し、「美しくない」と潔くボツにしました。伊武くんバージョンが美しいと言うつもりはまったくありません。ごめんなさい神尾くん。 でも、伊武くんで書き直す事で、多少は頭の中にあったイメージに近づけたので、書き直してよかったと思います。ありがとう神尾くん。踏み台にしてごめんね(爆) |