永遠の歌

 深く透明な闇にも勝る美しさを持つ夕星と呼ばれたかの方が、何よりも偉大で高潔な王を愛した事は、あってしかるべき運命だったのかもしれない、と今なら思える。エレスサール王がどれほど立派で魅力的な人物であるか、仲間達が離散してもなお王について走ったわたし達には嫌と言うほど判ってしまったから。
 それでもわたしの中には、彼女はどこかおかしいのではないかと疑っていた部分があった。誰よりも何よりも美しい彼女が(と、言うとわたしの親友であるドワーフのギムリ君は反論するかもしれない。彼がもっとも美しいと思っている女性は他にいるから)、永遠を約束されたその美しさを捨て、エレスサール王と共に短い命を終えようと言うのだから。
 なぜだろうと、思っていた。
 何千年もエルフとして生きてきてきた彼女が、運命のいたずらで偶然出会ったに過ぎないひとりの男のために、なぜその命を終わらせなければならないのか。それはエルフの、いや、中つ国の至宝が失われてしまうと言う事だと言うのに。
 けれど、今なら。
 今なら彼女の想いが、願いが、ほんの僅かであるかもしれないがわたしにも判る。
 心の底から愛した者が、自分ひとりだけを永遠の中に残して立ち去ってしまう事が辛いのだ――想像するだけでも。そしてその恐怖の前には、エルフの美しさも、強さも、何の力も持たないのだ。だから彼女は永遠を捨てる決意をした。それだけが恐怖に打ち勝つただひとつの方法であったから。
 夕星王妃を静かな勇者だと称える者が居る。
 わたしもそう思う。惜しげもなく永遠を捨てた王妃を、わたしは静かに尊敬していた。わたしにはけしてできない事だから。
 あの指輪戦争で友情を誓い合い、心底愛した友たち。海を渡った者たちの消息はわたしには判らないが、ここに残った者たちはひとりひとり私の前から消えていく。メリーとピピンのふたりは生涯を終え、エレスサール王も彼らに続いた。
 残った仲間はただひとり。我が親友、グローインの息子ギムリだけ。
 ドワーフは人間やホビットよりも長い命を持っているけれど、それでも限りある命の持ち主だ。永遠を知らない種族であるから。
 彼も間もなく行くだろう。わたしだけを残して、仲間達が待つ所に。
 その時わたしは心の痛みを訴えて、涙を頬に伝わせるだろう。声に出して大声で泣くかもしれない。悲しみを、彼らが生きた輝きの素晴らしさを歌って。
 けれどけして、時の流れを止めるような事はしない。

「さあ、船を作ろう、ギムリ。そしてフロド達がしたように、わたしたちも海を渡るんだよ。海の向こうでは輝かしい人々が、わたしたちを迎え入れてくれるだろうから」

 わたしはひとり残される。友たちの死を嘆きながら、悲しみながら、それでもエルフである事を捨てずに。
 君を、君達を称える詩を、永遠に歌いながら。


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