手を差し伸べてくれてありがとう。 出会えた奇跡にありがとう。 だから―― 生まれてきてくれて、ありがとう。 『――と言う事で、今月十一日にヒメコとふたりでボッスンの家にお邪魔する事になった』 カタカタとキーボードが鳴る音と共に、機械的な声が静かに語る。 畳に腰かけ、饅頭片手に渋めの緑茶を飲んでいたボッスンは、何の脈絡もなく語られた内容に驚き、口に含んだ茶を噴き出した。 「きたなっ! 何で噴くねんきったなっ!」 「え! ってか何!? 何でそう言う事になったの!? 勝手に決めないでくれる!? つか、なんでお前らがウチくんの!? よりにもよってオレの誕生日に!」 不快そうに眉間にしわを寄せながら、ふきんでテーブルの上を拭くヒメコは、しれっと答えた。 「お前アタシらの事何やと思ってんねん。アタシら、お前の誕生日にお前んち行って、お前の誕生日祝う以外の事するほど非常識な人間と違うで?」 「いやちょっと、勘弁してくれる!? 高校生にもなってウチに友達呼んで誕生日パーティーとか恥ずかしいんですけど!」 「照れんなや」 『照れるな、ボッスン』 ヒメコが肘でボッスンをつつくのと、スイッチが素早くキーを叩いたのは、ほぼ同時であった。 「照れてねーよ! 本気で嫌がってんだよ!」 「まあまあ」 『まあまあ』 「まあまあじゃねえ!」 「諦めろやボッスン。アンタが嫌とかそんなん関係ないねん」 「関係あるだろ! オレの誕生日! 主役、オレ!」 「とにかく」 ヒメコは、放っておいたらいつまでも続いただろうボッスンの反論を、低めに響かせたひと言で黙らせる。同時にサイクロンを肩にかつぎ、睨みつけたのも、効果があったようだ。 「アタシらは十一月十一日に、お前んちに行く。お前も家におる。判ったな!?」 それでもボッスンは、顔中に不満を現わしていたが、なかなかに回転の速い頭で、抵抗に何の意味もないのだと理解してしまった――スイッチの情報網があればボッスンがどこに隠れようと見つけ出してしまうだろうし、見つけ出されてしまえば、ヒメコの力技には敵わないのだから――のだろう。しぶしぶと言った様子で、一度だけ、こっくりと肯いた。 本当は、ボッスンの誕生日を祝うだけなら、場所にこだわる必要はない。部室でも、近くのファミレスでも、かまわなかった。 けれど、言いたい言葉は、「おめでとう」だけではない。 「ありがとう」と、言いたかった。それを伝えるべき相手は、もちろんボッスンだけれど、ボッスンだけではなくて――だからこそふたりはどうしても、藤崎家に行きたかった。 手を差し伸べてくれてありがとう。 出会えた奇跡にありがとう。 生まれてきてくれてありがとう。 だから―― ボッスンを育ててくれたひとにも。 ボッスンの命を生み出してくれた亡きひとにも。 ボッスンの魂を生み出してくれた亡きひとにも。 たくさんの、たくさんの、ありがとうを。 十一月十一日。 それはきっと、一年の中で一番、大切な日。 |