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| 「ダビ、昼休み、部室に来いよ?」 授業が始まって二日目の朝。黒羽が天根の後頭部をぽふっと叩いて、笑った。 何かを企んでいるような顔。えっと。何だろ。 「良いもん、見せてやるから。」 良いもん?いちご? ……でも、いちごを見せてくれるだけって、残酷だな……? バネさんが持ってきてくれるモノ。見せてくれるモノ。……あ! 天根はすぐに気付いた。 もしかして、いや、もしかしなくても森から写真が届いたにちがいない! それは、何でもすぐに忘れてしまう天根が、毎日忘れずにずっと楽しみにしていたモノだったから。 「うい!」 大あわてで何度も頷いて、黒羽に笑われた。 四時間目の授業は、いつもより3分も延長になって。 今日は急ぐのに……!と思いながら、天根は焦れったい想いで、教室を飛び出した。 バネさんは開封しないで持ってきてくれただろうか。 この前、東京に行ったとき、森たちが撮った写真と、それから……俺が撮った写真。 バタン! と、勢いよくドアを開けば、もう先客がいて。 「お。ダビ、来たか。」 いつから来ていたのか、もうすっかり腰を据えて箸をくわえていた黒羽が、弁当箱をとじて、膝の上に載せていた封筒を机の上に置く。 「これがさ、森から届いたんだ。」 ベンチでペットボトルを傾けていた佐伯が、ゆっくり立ち上がり。 「何?……写真か何か?」 と重さから見当を付けると。 「だろうな。この前、橘んちに遊びに行ったときのやつだろ。」 機嫌の良い黒羽の返答。樹と葵も立ち上がって、机の周りに寄ってくる。 決して整頓された部室ではない。むしろ正直に分類すれば、汚い部類に入るような部屋。長らく雑巾もかけてないような埃まみれの机を、手のひらで軽くはたくと、黒羽は封筒を、そっと、しかしべりべりと開いた。 「バネってば。」 佐伯が笑うのは。 適当なコトをやっているように見えて、実は黒羽がすごく気を遣っているコトを分かっているからで。 普段の黒羽なら、決して机の埃を払ってからモノを置いたりしないし、封筒をそっと開いたりしない。そもそも、封筒を開くなんて繊細な作業は、誰も黒羽にやらせない。きっと手紙ごと破るに違いない、とみんな信じている。いや、いまだかつて、そんなコトはないんだけど。なんとなく、みんな、黒羽を含めたみんな、そう信じている。 封筒を開けば。 「くすくす。何の写真?」 少し遅れてやってきた木更津が、天根の頭越しに覗き込む。 天根は机にあごを載せて、黒羽の大きな手が一枚目の写真を見せてくれるのをじっと待った。 封筒から取り出した写真をまずは自分で眺め、黒羽は呟きつつ、そっとそれを机の上、天根の目の前に置いてくれる。 「まずは……初詣のあとのやつだな。」 一枚目は。 伊武にぼやかれている天根の写真。 そうだ。ファミレスで、ご飯食べていて。何があったか忘れちゃったけど、伊武にぼやかれて。で、バネさんが写真撮ったんだっけ。 二枚目。 三枚目。 天根は一枚ずつ、目で追って。 そんな薄い紙切れのおかげで、鮮明な記憶が心に蘇ってくるのに、相応しい言葉は見つからなくて。頭上で饒舌にしゃべり続ける黒羽の声を聴きながら、ただ、黙ってその写真を見つめて。 「……。」 「ダビ、ちゃんと見てっか?」 「……うぃ。」 天根が不機嫌なのでも何でもないと、黒羽たちは分かっている。 ただ、もともと無表情で、言葉を選ぶのに時間が掛かる子で。しかも、選んだ言葉はたいがいろくでもない。その辺のことも先輩達はよく分かっている。 桜井、石田、森、内村、神尾、伊武、それから……杏ちゃんと橘さん……。 黒羽はにこにこしていた。ゆっくりと写真の隅から隅まで見回して。 「んでよ、そんとき、神尾がリズムに乗れなくて……。」 なんて。 ホント、数枚の写真なのに、とても長い話をしている。バネさんってば、その写真とその話、全然関係ないじゃん……。 でも、こうやってバネさんがいろいろしゃべりたおしてくれるから、俺、お得だなぁ。楽で良いなぁ。と、天根は嬉しく思いながらも。 ここにいない友人達を思って、やっぱり寂しい……と、くすんと小さく鼻を鳴らした。 机の上の写真を見ているのは天根と木更津、そして樹の三人で。 葵と佐伯は、直接、黒羽の手元の写真を覗き込んでいる。 「杏ちゃんって可愛いよね!!」 「剣太郎、杏は高嶺の花だ。やめとけ。」 「え〜!?何でだよ。バネさん!」 葵は案の定、杏の写真にばかり反応するが。まぁ、確かに杏ちゃんは可愛いと思う。で、杏ちゃんはやめておいた方が良いと思う。だって、杏ちゃんは……石田と仲良しだもん。 天根は机にあごを載せたまま、じっと黒羽を見上げた。 黒羽の手元にある写真はあと5枚くらい。 きっと、そろそろ俺の撮った写真の番……! 一月も半ばに近い昼時ではあるけれども、まだまだ春の気配などは遠くて。 樹が「しゅぽん!」と小さくくしゃみをした。 「これが、ファミレスの前でみんなで撮ったやつだな。」 黒羽の記憶の中で、最後の一枚に当たる写真が、机の上にすっと置かれて。 「えっと。その後、まだ撮ったっけ?」 次の写真に目をやった黒羽は固まった。 「あれ?」 それを目ざとく見つけたのは、黒羽の横から手元の写真を覗いていた佐伯で。 「……うわあ。」 さしもの佐伯も言葉を失い、しばらくもだもだと笑いを堪えて悶えた後、樹の肩にしがみついて涙ぐんだ。 「樹ちゃん……!」 「どうしたのね?サエ?」 小首をかしげて黒羽の手にする写真に目をやり、樹は。 「寝てるのね?」 と、見ての通りのコメントをする。 そう。 その写真には、身を寄せ合ってぐっすりと眠る黒羽と桔平の姿が写っていたのである。 「サエ、喜びすぎ。」 横から写真を覗いた木更津も、くすくす笑う。 「あのね、サエさん。」 天根は思い出した。あのとき、ぜひ、サエさんに言わなきゃいけないと思った言葉を。 「ん?どした?ダビデ。」 佐伯は笑いに引きつりつつも、天根に目をやって。 「バネさんと橘さんはね……布団の中でも……仲良し。」 佐伯は黙って、天根の頭をぽふぽふと撫で、また堪えきれない笑いの衝動と戦うために、樹に抱き付いた。樹は「しゅぽ?」と狼狽気味に首をかしげる。 「あのさ。ダビデ。」 ようやく、フリーズがとけたのか、黒羽が口を開く。 「うぃ?」 「……森のやつ、夜、来てたのか?」 「……うぃ?」 「来てたんだったら、起こしてくれれば良いのによ!」 黒羽がフリーズしていたのは。 写真の内容ではなくて。 深夜、遊びに来た森(推定)が、写真だけ撮って帰ったんだろうか、という問題についてで。 「違う……その写真は俺が撮った。杏ちゃんのカメラで。」 「あー。なんだ。そんなら分かるけどよ。」 黒羽にとって、この写真は。 「なんか、橘って、ホント幸せそうに寝るよな〜。」 何も不自然なものでもオカシイものでもなくて。 「寝てると結構普通の中三に見えるんだけどな〜。」 むしろ、佐伯の反応の方がオカシイといえば、オカシイのかもしれないが。 「バネ、この写真は宝モノだね。」 ようやく笑いの発作から解放された佐伯の言葉に、黒羽は真顔で頷いた。 「そうだな。ホント、森にも杏にも感謝だな。」 そのとき。 しゅぽん! 樹のくしゃみの音が響き。 封筒がひらりと舞い上がって。 かさっと音を立てて、床に落ちた。 慌てて、樹が拾い上げると、中でカサカサと小さな音がする。 「何かまだ入っているのね?」 天根がひっくり返して振ってみると、小さな紙切れが20枚以上パラパラと出てきた。 「何なのね?」 「……??」 三センチ四方の紙切れには、それぞれ一文字ずつ文字が書いてあって。 筆跡はまちまちで。 きっと、不動峰の面々が集まって作ったんだろうと分かる。 「ああ。年賀状の返事かよ?」 黒羽は喉の奥でくつくつと笑い。 指先で、つつっと文字を並べていく。 さ い そ て こ ね と く ね い し び に し あ ん と あ だ っ と ま ゃ き ょ に ち 「またずいぶん長いな……。」 苦笑しながら。 「こ、と、し……かな?」 黒羽はそっと自分のメッセージを思い起こして、組み合わせ始める。 黒羽の動きに、ルールを了解した面々が、その紙切れを覗きこんで、それぞれに言葉を探した。 「あ、そ、び……なのね?」 「そうだね、樹ちゃん。あ、そ、び、に、き、て……。」 「あ、そ、び、に、き、て、く、だ、さ、い、ね?くすくす。こんな感じ?」 「……あまね!あまねって書いてある!」 「ホントだ!ダビデの名前が入ってるよ!面白い!!」 「じゃあ、あ、ま、ね、と、い、っ、し、ょ、に……となるかな?」 何度か失敗して組み直したり、樹ちゃんのくしゃみで順番がずれたりしながら。 一応、昼休みが終わるころには、メッセージは完成していて。 ことし あまねといっしょに ちゃんと あそびにきてくださいね 部誌のページを一枚破って、この順番に貼り付けて。 天根が嬉しそうに何度もその紙を読み直している。 写真をとんとん、と黒羽は揃え直して。 天根からそっとその紙を取り上げて。 「さて、授業始まるぜ?」 ひらひらと手を振りながら、部室を後にした。 「あんな機嫌の良いバネも珍しいね。」 「バネはいつでも機嫌が良いけどね。くすくす。」 黒羽は知らない。 不動峰の良い子達が黒羽にあてたメッセージが、本当は。 あまねと としこちゃんと いっしょに あそびにきてくださいね だったというコトを。 不動峰の良い子達の中では、もう「としこちゃん」も友達決定だというコトを。 桔平が、「すまん、黒羽。」と哀しい目で千葉の空を思っていたコトを。 「今夜、橘にお礼の電話、かけねぇとな!」 教室に向かう廊下で。 相変わらず上機嫌な黒羽は、天根の頭をがしがしと掻き回した。
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