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| 「なぁ。あいつらの家って、みんな、近所か?」 空のコーヒーカップを、リビングのテーブルの上でくるくる回して遊びながら、黒羽が唐突に尋ねた。 ときは10時半を少し過ぎたあたり。 まだまだ、約束の12時にはずいぶん余裕があって。 「近所と言えるか分からないが、みんな、歩いて行かれるぞ?」 「じゃあよ、全員ち回ったら、どれくらいかかるんだ?」 何を言い出すのか、という表情で、桔平はしばらく言葉に詰まる。みなの家を把握しているにはしているが、全員の家をめぐったら何分かかかるかなど、考えてみたこともなかった。 「……一時間はかからないだろうが……。」 「お。そんなら余裕だな。」 黒羽は椅子に深く座り直し。 「画用紙と色鉛筆あるか?あとハサミ!」 と、嬉しそうに尋ねた。 どうせ黙って座っていても、なんだか落ち着かないのだから、何かやっていた方が気が紛れるに違いない。 「待ってろ。捜してくる。」 桔平は軽く頷いて、席を立った。何をやるつもりか知らないが、まぁ、約束の時間までは付き合ってやろう。 美術の宿題のために買った八つ切りの画用紙のあまりと、サインペンのセット、ハサミを発掘した桔平が、リビングに戻ってくると、黒羽は上機嫌に両手でそれを受け取って。 「色鉛筆は杏の部屋にあったんだが……。」 希望の品を渡せないことを低く詫びれば、ぱたぱたと黒羽は手を振った。 「良いって。これで十分。それによ。勝手に部屋入ったらやばいだろ。兄ちゃん、嫌われるぜ?」 「……。」 黙ってしまった桔平に、黒羽は苦笑する。 そして受け取った画用紙を豪快にハサミで切り始めた。 「何をする気だ?」 「あいつらに年賀状書くんだ。正月には出してやれなかったしな。」 確かに葉書を彷彿とさせるサイズに切られた画用紙が八枚。 ただし、それは好意的に見た場合、葉書サイズに見えるという程度のモノで。 「年賀状って、この紙でか?」 「おう。」 「で、石田の家で渡すのか?」 「や。年賀状って郵便受けに入ってるからうきうきすんじゃねぇか。だから、これ、配って歩こうぜ?」 なるほど。 それで、全員の家を回る所要時間を知りたがったわけか。 全く、この男の考えるコトは突拍子もない。 「ところで、お年玉つきじゃなくて良いのか?」 そんな画用紙を切って作った年賀状では、お年玉どころの騒ぎじゃないだろうが。 とりあえず、黒羽がお年玉にこだわる男であることを思い出して、桔平はちょっとからかってみる。 「うーん。そうだな。ま、バネさん特製お年玉つき年賀葉書にするから、勘弁しろよ。」 八枚の画用紙の一枚一枚に、不動峰の二年生たちの名前を大きく書いて。 黒羽は横一列に葉書を並べた。 「何だ。その特製お年玉付き年賀葉書ってのは。」 「全員にお年玉が付いてくんだよ。」 「……全員に?」 「おう。やつらが大好きな黒羽春風さまと橘サンの直筆サイン入り。お年玉みたいなもんだろ!」 「……直筆サイン……??」 「差出人氏名とか言うやつだな。」 「で……俺も書くのか?」 げんなりして、溜息の一つもついてみようとして。 思わず口からあふれるのは、穏やかな笑い声で。 「俺よか、お前のサインの方があいつら喜ぶだろ?」 「そんなコトもあるまい。」 黒羽の真剣な眼差しに、桔平は少し笑って。だが、いつの間にか、サインの一つくらい、書いてやっても良いかと考え始めている自分にびっくりする。 「差出人とこな、俺が名前書くから、その横に、橘も書いてくれよ。」 「……横に並べるのか?」 「おう!」 「二人連名の年賀状みたいだな。」 「似たようなもんだろ。どうせ橘サンも今暇なんだしさ。」 名前を連ねて出す年賀状なんて、なんだか家族のようだな、と思いながら、それを口に出すのも気恥ずかしくて。 桔平は黒羽から渡された画用紙に、適当に拾い上げた黒のサインペンで名前を書いていく。宛名は紺。黒羽の名は鮮やかなオレンジ色で。 「派手な葉書だな……。」 「なんだよ、橘サン。黒なんか使うなよ。ピンクとかあるぜ?」 「……俺には黒が一番落ち着く……。」 一枚、また、一枚と。 名前書きが完成する葉書たち。 「森、内村、神尾、伊武、石田、桜井、杏、橘っと。これで全員だな。」 「……おい。」 「あー?」 「俺宛のもあるのか?」 「書いたぜ?八枚作ったから、ぴったりだしな。」 気付かないうちに差出人氏名に自分の名前を書いてしまった葉書。 自分宛なのに、連名差出人だなんて、なんか奇妙で。 「うちの郵便受けにも入れるのか?」 「おう!あとで入れておいてやるぜ。こっそりとな!」 家族に見つかったら、笑われそうな気もするが。 まぁ、良いか。黒羽のいたずらなら、家族はきっと喜ぶだろう。なんだかんだ言って、無邪気なこの客は、橘家の人たちにとても愛されているのだから。 八枚の葉書を横に並べて。 黒羽は真っ赤なサインペンを手にして。 大きな文字で書き付けた。 一枚目には「こ」。 二枚目には「と」。 三枚目には「し」。 四枚目には「も」。 五枚目には「よ」。 六枚目には「ろ」。 七枚目には「し」。 八枚目には「く」。 一枚に一文字、でかでかと書き入れて。 「さて。できあがり!配りに行こうぜ?」 そういうコトか。全員分合わせると「ことしもよろしく」となるわけだな。 ふっと口元が笑みの形を結ぶ。 「……あいつらが。」 「ん?」 ばさばさと葉書をまとめて、勢いよく立ち上がった黒羽に、桔平はそっと眼差しをあげて。 「いや。あいつらが……集まって大はしゃぎするところが目に浮かぶようだと思ってな。」 その言葉に。 ぽふっと。 黒羽の大きな手のひらが、桔平の頭を軽く叩く。 「あいつらだけじゃなく、お前も大はしゃぎしとけ。」 せっかく作ったクイズ年賀状なんだからな。 呟くように笑って、黒羽はソファに置きっぱなしにしていたコートを羽織った。 クイズにしようにも、もう答えなんか分かっているというのに。 桔平はくつくつと笑いながら、自分のコートを取りに立ち上がった。
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