ぬくもりは君へのララバイ。

 夢とうつつの間。
 ふわりと浮かぶ意識。
 漠然とした全身感覚が、闇の中でひっそりと告げる。
 危ない。
 と。

 その重苦しい気配と不思議な温かさに、桔平はうっすらと目を開く。
 なんで。
 俺のベッドにこんな温かいモノが入っているんだ?
 しかも……やけにでかいな。

 ゆっくりと脳内が覚醒してゆく。
 ああ。
 天根か。

 手探りで自分の居場所を確認すれば、そこはベッドの端。
 あと5センチずれたら、ベッドから落ちそうな場所で。
 すぐ横には、うつぶせになってむにゃむにゃ眠っている天根の姿があり。
 ふと笑みがこぼれる。
 なんだ。こいつだって、大した寝相じゃないか。
 ようやく闇に目が慣れてきて。
 肘を突いて身を起こせば、床に布団を敷いて寝ている黒羽も、立派な寝相であることが確認できた。
 そりゃ、こいつらを一緒の布団で寝かせたら、大変なコトになるだろう。
 眠い頭でそんな確信を抱きつつ、桔平はもう一度身を横たえようとして、愕然とする。
「夜に……近寄る……。」
 天根が寝言と共に、ごろりとまた寝返りをうって、桔平に更に迫ってきたのである。

 ……このままだと、確実に俺は蹴り落とされるな。
 天根の位置を確認し、桔平は溜息をつきながらさてどうしようかと首をひねったが。
 本人は冷静に判断しているつもりでも、もちろん桔平の頭はまだ半分眠っていて。
 彼の至った結論は。
 ……黒羽の布団に入れてもらうか。
 であった。

 運良く、布団のベッド側半分には桔平の横たわるだけのスペースがあったので、そこに移住して。 
 ふわ、と小さくあくびをすると、桔平はベッドの上を見上げた。
 一応、天根と自分とで掛け布団を一枚ずつ用意してはいたのだが、天根は今、両方の布団を抱き枕のように抱きしめて幸せそうに眠っていて。引きはがすには忍びないな。
 まぁ。良い。
 後輩に甘い桔平は、天根の幸せそうな寝顔を薄闇越しにしばらく眺め、それから黒羽の布団をえいっと引っ張って、自分もその中に潜り込んだ。
「ぅ?」
 黒羽がなにやら小さく反応したが、それもつかの間。
 黒羽はそのまますぐに寝入り。
 もちろん、桔平も。
 目を閉じると同時に、夢の中へととけ込んでいった。



 夜中に目が覚めるなどということは、まずない。
 だが、待ちに待ったお泊まりで、今夜は興奮していたのだろうか。
 突然、がばりと天根は起きあがった。起きあがった自分自身にびっくりして、寝ぼけた脳みそが覚醒する。
 そして気付く。
 あれ? 橘さんがいない?

 最初は、トイレにでも行ったのかなと思ったが。
 ベッドの上で体育座りをしたまま待っていても、目が闇になれてきたころになっても、なかなか戻ってこないので。
 ふと不安がよぎって。
「……橘さん……。」
 廊下に出てみようかと、ベッドの端に足をかけて。やっと気付く。
 自分がベッドの隅っこで寝ていたコト。そして、桔平が、いつの間にやら床の布団で寝ているコト。
 あああ。俺、蹴飛ばしちゃったかも。
 申し訳なく思いながら。
 黒羽の豪快な寝相と、その横にぴったり収まっている桔平の几帳面な寝姿に、なんとなく天根は嬉しくなった。
 何か……仲良しって感じ……。

 そのとき。
 黒羽の腕がすっと動いて、桔平の額に触れた。
 たぶん、それは無意識の動きで。
 たまたま動かした指先が、桔平の額に当たっただけなのだろうが。
 誰かが横にいることを確認し、まだ夢うつつのまま、黒羽はそっとその額から頭に指を這わせる。

 あ。バネさん、寝ぼけてる。
 誰が横に寝てると思ってるのかな。橘さんの髪の長さだったら、誰かな。剣太郎だと思うかな。

 ぴたり、と黒羽の指が止まり。
 それから、ぴとぴとと、遊ぶように頭を撫でながら。
 まだ目を開けないまま、黒羽は低く呟く。

「ダビ。」

 え?
 天根はちょっとびっくりした。
 橘さんの頭に触ったら、絶対、自分じゃないってコトくらい、分かるはずなのに。

「……ダビ?」
 黒羽がもう一度呼ぶ。
 少しためらってから、天根は小さな声で応じた。
「ぅぃ。」

 闇の中で、黒羽がちょっと笑ったのが分かった。まだ夢うつつなんだろうけども。バネさん、俺の声、聞こえたみたい。
 しばらくの沈黙に、天根は黒羽がまた寝入ったのかと思ったが。
 また低い声が聞こえ。

「お前……橘、落っことすんじゃねぇよ。」
「……ぅぃ。」
 なんだ。バネさん、分かってたんだ。
 ちょっと悔しいような、ちょっと安心したような気分で、天根はもう一度返事をし、反省をアピールするために何度も大きく頷いた。もちろん、目を閉じたままの黒羽には見えないだろうし、第一謝られるべき桔平は眠っているのだが。

「あのな、そっちに橘の布団、あんだろ?」
「……ぅぃ。」
「それ、くれ。二人で布団一枚じゃ、ちょっと狭い。」

 言われてようやく桔平の布団まで占領していたコトに気付く。
「ごめん。」
「いや、良いっての。」
 黒羽はまだ目を開けようともせず。
 二人の上に、特に桔平の肩を覆うように、ふわりと掛け布団を掛ければ。
 桔平がそっと体を黒羽の方に寄せるように軽く身じろぎをして。
 また闇の中に沈黙が戻ってくる。

「ダビ、まだ寝とけ。」
「ぅぃ。」
「おやすみ。」
「ぅぃ……おやすみ。」

 天根はもう一度、ごろりと横になった。
 普段使っているベッドと同じくらいの広さの桔平のベッド。
 それが何だか、やけに広い気がして。
 はわわと大きくあくびをして、天根はそのまますとんと夢に落ちた。


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