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| 先導は桜井と森で。 すぐ後ろを行く伊武と天根。 その周りをうろうろするように、神尾、内村。 そして、石田と杏。 彼らを追うように、ゆっくりと歩く黒羽は、桔平の横顔をちらりと見た。まっすぐに後輩達の背に柔らかい視線を投げかけながら、静かに微笑む桔平。黒羽はそっと視線を戻す。不動峰の後輩達の中に普通に馴染んでしまった天根の、体つきに似合わずとことこ歩く幼い仕草に、ふと口元が緩んだ。 まるきり違和感ないな。不動峰の連中、優しいからな。 「天根のやつ……良かったな。」 同じことを考えていたのか、桔平が小さく呟くので。 「全くな。サンキュ。」 「何がサンキュだ。」 桔平が笑う。 「うちの連中は六角と違って、そうフレンドリーではないからな。天根が……馴染めなかったらどうしようかと思っていたが……良かった。天根の気配りのおかげだ。」 西日が穏やかにアスファルトを照らす。一月にしては少し暖かい夕方。 「ダビの場合は、気配りじゃなくて天然だかんな。」 苦笑しながらも、どこか自慢げな黒羽の言葉に。 「ああ。」 桔平は穏やかに頷いた。 ファミリーレストランなどというモノには、滅多に来ないのだが、黒羽の「飯が食いたい」という言葉に、桔平と石田が激しく同意したコトもあり、今日は近所のファミレスに入る。店の前を素通りしたコトならあっても、実は店に入ったことのある者は少なくて。しかも親同伴でなくファミレスに行ったコトのある者はいなかったりして。 少しどきどきしながら、ドアをくぐり。 「タバコは……お吸いになりませんね。」 飛び出してきたウェイトレスににっこり微笑まれながら、少し緊張した面持ちの中学生たちは大人しく席についた。 メニュー片手に天根と伊武が五分以上ああでもないこうでもないと悩む中、さっさと食べたいモノを決めた黒羽は森や桜井を突いて遊び、桔平は神尾と内村の相手をしていたが。 石田の言葉に杏が小さく声を立てて笑ったので、一同はそちらに目を向ける。 「どうした?」 軽く黒羽が問えば。 「だって石田さん、初詣で、今度の四月に新入部員が一人以上入りますようにってお願いしたって言うんだもん。」 くすくすと杏が笑う。 「だって、このままじゃ大会に出るのに人数足りなくて、困るだろ?」 「そうだけどね。」 確かにそれは部員全員の悲願。 だが、全国大会にまで行ったテニス部に、新入部員が入らないわけもないだろうし。 心配性の石田の様子に、同席した面々も思わず小さく吹きだしてしまう。 「俺なんか、部員が入りすぎないようにってお願いしたぜ?」 内村がまぜ返せば。 「あ、俺、予算が増えますようにって頼んだ!」 桜井が現実的なコトを言う。 次々と皆で好き勝手な願いを口にして。 「みんな、部活のコトばっかりだな。橘サン。」 黒羽の言葉に、少しだけ、桔平は恥ずかしそうに笑いながらも。 「あいつらの熱意のおかげで、俺はここまで来られたんだ。」 姿勢を正して応じた。 ようやく食べたいモノを選んだ天根と伊武。ウェイトレスを待つ間に、桔平が。 「お前らは?」 と尋ねれば。 「……焼き魚定食。」 「……シーフードカレー……カレーは辛ぇ……焼き魚はキザかな。ぷぷ。……いて!」 メニューに夢中だった二人からは、全然関係ない答えが返ってきたりもしたが。 天根のダジャレと同時に、黒羽が天根の足を踏みつけたものの。 桔平はそれに気付かないふりをして。 「そうじゃなくてな。初詣で何をお願いしたんだ?」 極力平静を装って問いかけ直す。 伊武は静かに目を伏せてしまい、答える気はなさそうだった。それをちらりと見てから、天根はゆっくり口を開く。 「橘さんが……行きたい高校に行かれますようにって……頼んだ。」 ふと目を上げる桔平。そして。 「ありがとな。天根。」 無意識に笑みがこぼれる。 そこへウェイトレスが来たので、全員がそれぞれ食べたいモノを注文し。 一瞬の不自然な沈黙の後、再び、会話に戻る。 「ところで、天根。俺が高校に行かれるように頼んでくれたのは良いが、黒羽のコトは頼まなかったのか?」 からかうように桔平が尋ねる。その言葉に、天根はびっくりしたように目を見開き。 「……。」 おどおどと黒羽の顔色を伺う。どうもその様子では、黒羽の受験についてまでは思い至らなかったらしい。お前、自分の先輩だろうが。不動峰のよい子たちの視線が痛い。 ちょっと反省したのか、しょんぼりと肩を落とす天根。 「良いの。バネさんは俺と同級生になるから。」 「よくねぇ!!」 げしっと、今度は激しい音がした。テーブルが揺れ、石田と桜井が慌てて押さえる。 「黒羽、手加減しろ。水が零れる。」 水の入ったグラスを指先で弾くようにしながら、桔平が溜息をつけば。 「ま、俺は実力で受かるかんな!大吉だったしな!」 同じく溜息混じりに、しかし精一杯強気に、黒羽が宣言した。 天根は肩を落としたまま、小さい声で。 「……バネさんの実力じゃいくら大吉でも……。」 とひどく失礼なコトを言う。またしても蹴りが入ったのか、テーブルが揺れ。 「いい加減にしろ。黒羽!」 不動峰の連中は、これでは黒羽が可哀想ではないかと狼狽えた。 そのとき、俯いていた伊武が目を上げる。 「……黒羽さん。」 「あー?」 「……俺が……お参りのとき、ちゃんとお願いしましたから。」 「……へ?」 ぼそぼそと聞き取りにくい声で、伊武はぼやくように言葉を紡ぐ。 「ちゃんと黒羽さんも高校に行かれますようにってお願いしてきましたから。」 「マジで?」 「……はい。橘さんが心配してたから。」 親切なのか失礼なのか分からない伊武の言葉に。 「実は俺も……。」 恐る恐るといった様子で、森が小さく手を挙げる。 「あの。俺も実は。」 そっと小声で白状する桜井。 そのままふたを開ければ、我も我もと、不動峰の中二が全員手を挙げて。 「お前ら……。」 黒羽を絶句させる。 「……橘さんが……心配してたし……。」 ぼそぼそと繰り返す伊武に、桔平は決まり悪げな笑みを浮かべ。 それを気にする様子もなく、黒羽は感激したように全員を見回した。 「なんだよ。黒羽さんには秘密でお参りするって言ったの、深司なのに、なんで深司がばらすんだよ!」 「だって天根が言っちゃったんだから、俺らが言っても良いだろ。だいたい黒羽さん、高校に行かれなくて、来年俺らと同じ学年になって、先輩だか先輩じゃないんだか分からなくて面倒だし……。黒羽さんが高校行かれなかったら、橘さんがきっと悲しむし、俺は橘さんが悲しむところなんか見たくないし。ぼそぼそ。」 神尾の言葉に視線も向けずに伊武が反論する。 「うー。そうだけど。」 きっと不動峰の中二たちは、桔平が高校に行かれないなんてことは考えもしなかったのだろう。ただ、桔平が黒羽を心配している。それだけが気に掛かって。 黒羽さんのこと、お願いしておこうぜ? こっそり裏で申し合わせていたに違いない。 「サンキュ。みんな。」 黒羽が一人一人の顔を見つめながら、呟けば。 照れくさそうに全員がにっこりと笑う。 「橘さんに花咲く日が来っぺい……バネさんにも春が来たら……これがホントのSpring has come !」 びしっ! 「ダビの癖にややこしいコト言うな!!」 黒羽の長い指が、天根の額を小突く。ちょっとだけ突っ込みが優しくなったのは、不動峰のみんなの笑顔のせいだろうか。 「……頑張ったのに……。」 額をさすりながら拗ねてみせる天根も、とても嬉しそうに見えて。 「折角縁起の良いこと言ってくれたのに、ひどい先輩だな。黒羽は。」 笑いながらふわりと桔平の手のひらが天根の髪を撫でる。 「うぃ。」 「お前、ダビを甘やかしすぎだっての。」 くつくつ笑いながら、黒羽は桔平の脇腹を軽く突いた。
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