好きだから。

 六角の黒羽が、天根という後輩を連れて、不動峰に遊びに来た日のこと。
 夕暮れ時の涼風は、彼らの体だけでなく、心にまで吹き込んでいた。

「なぁ。桜井。」
「……言うな。石田。俺だって……分かっている。」
「だけど……もし、橘さんが……。」
 不動峰の良い子達は、苦しげに橘を見上げた。
 彼らの橘さんが微笑むその眼差しの先には。
 六角の黒羽さんが居て。

「……きっとそうなんだよ。現実を受け入れようよ。みんな。」
「……森。逃げるんじゃねぇ!橘さんに限って……!!」
「内村!その気持ちは分かるけど。現実を受け入れるんだって大事な勇気だよ……!」
 あんなに楽しそうに、あんなに愉快そうに笑う橘さんは見たことがなくて。
 いつも威厳に溢れたあの橘さんが、あんなに無邪気に笑うなんて。
 その現実が、彼らを打ちのめす。

「仕方ないだろ。俺たちの好きな橘さんは……あの人なんだ……現実なんだから、俺たちはそれを受け入れて……それでも橘さんについて行く。……それだけだろ?」
「そうだよな。深司。それしか……ないよな。」

 優しくて温かくて、だけどどこか、身構えているようなところがあるあの橘が、無防備に笑顔をさらす。
 そんな現実を前にして。

 不動峰の良い子達は。
 俯いて。

「……やっぱり。橘さんは……。」

 一度、その現実を言語化した始めた神尾を止めるコトは誰にもできない。
 あるいは、誰かがそれをはっきり口にするのを、みなが待っていたのかもしれない。本当は。
 ただ、自分で口にするのが怖くて。

「……橘さんは……好きなんだ……。」
「ああ。」
 力無い声で、うなずき相槌を打つ良い子達。
 神尾の俯いた横顔。
 前髪がふさり、と、額を流れて。

「橘さんは……好きなんだよ。……ああいうオヤジギャグが……!!」

 気付きたくなかった現実。
 六角二人組の漫才を、さも楽しそうに眺める橘の横顔に。
 不動峰の良い子達は、打ちのめされ続けていた。

「俺たちも……頑張ろう?」
「そうだな。俺たちも、一日一度はオヤジギャグを言って、橘さんに喜んでもらおう。」

 健気な後輩達の決意は。
 橘の心に届くのだろうか。

「布団が吹っ飛んだ……。」(神尾)
「ミカンがみっかんない!」(内村)
「馬は美味い!」(森)
「あいむそーりー、ひげそーりー。」(石田)
「アルミ缶の上にあるミカン。」(桜井)
「下手なしゃれ、やめなしゃれ。」(伊武)

 彼らの澄み切った瞳から、きれいな涙が、すっと、一筋流れて。

『橘さん……。』

 たとえ、オヤジギャグが好きでも。
 たとえ、関西系どつき漫才が大好きだったとしても。
 俺たちは、あなたを尊敬している。
 その気持ちは変わらない。
 だから。
 これからも、あなたの後輩で居ても良いですか……?



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