声を聴かせて?

「橘さん、末吉?」
「ああ。」
「バネさん、大吉?」
「おう。」
 いつの間にか、黒羽と桔平の間に舞い戻った天根は、二人のおみくじを見比べて。
「結ぶの?」
 と尋ねた。
「あー。悪い運勢だったら結ぶんだよな?じゃあ、俺は持ち帰るわ。」
「俺は……どうするかなぁ。」
 苦笑する桔平の肩をぽんと叩いて。
「俺の運、分けてやるから。それ、結んで帰れよ?」
「……そうするか。」
「一番良い大吉じゃ、こっから後は落ちるしかねぇからな。お前と半分こくらいがちょうどいいや。」

 桔平のおみくじをとびきり高い枝に結びつけた黒羽は、振り返り際にもう一度、桔平の肩を軽く叩き。
「ま、受験の運は俺に期待すんなよ?」
 と笑った。

「……伊武……くん。」
「……?」
 その隣で、黙っておみくじを枝に結ぶ伊武に気付いた天根。
「どうだったの?」
「……大吉。」
「じゃあ、持って帰れば良いのに。」
「良いよ。別に。運なんて関係ないだろ。」
「……なら、おみくじ引かなきゃ良いのに……。」
「良いだろ。引いてみたかったんだから。」

 ぼそぼそと目も合わせずにしゃべる伊武に、天根は困惑気味にうろうろしていたが。
「じゃあ、そのおみくじ、ちょうだい。」
「……やだ。なんでお前にそんなもん、あげなきゃいけないんだよ。」
「……だってもったいない。……伊武くんの幸せ、こんなトコに置いて帰っちゃダメ。」

 境内の砂利を蹴るように、伊武は踵を返して歩き出す。もう、天根のたらたらしたおしゃべりに付き合っていられない。そんな明白な拒絶を感じさせる態度だったのに。
 天根は後ろからとことこと付いてくる。
 今度は何を言うわけでもなく、ただ少し不安げな表情で、黙ってとことこと、早足の伊武の後ろから付いてくるのである。

「だいたいさ、お前、むかつくんだよね。せっかく、橘さんが久し振りに……あんま、久し振りじゃないけど……せっかく、黒羽さんと再会できて喜んでるってのに……なんでお前、あの二人の間に入って、邪魔するわけ?橘さんは黒羽さんに会いたがってたんだし、黒羽さんだって二人っきりの方が嬉しいに決まってるだろ。いつだって、お前は黒羽さんと会えるんだから、今日くらい遠慮したって良いのに、その辺のデリカシーのなさとか、ホント、信じられないよね。あきれるよ。ばかなんじゃない?」
 前を向いたまま、ぼそぼそとぼやき始める伊武。
「……うぃ。俺、ばか。」
 天根は俯いて、小さく頷いたが。
「……でも。俺……バネさんとは会えるけど……こっちに来ないと、橘さんには会えないし……。橘さんに会いたかったし……。」

 その言葉に。
 伊武ははっとして振り返る。
 そうか。
 こいつは……普段、橘さんには会えないんだ……!
 伊武にとっては、それは重大問題である。毎日黒羽さんに会える天根よりも、毎日橘さんに会える自分たちはいかに恵まれていることか。いや、それはそうだ。天根はなんて可哀想なんだ。
 伊武は考えた。
 こいつ、実は結構、健気な良いやつかもしれない……。

 立ち止まって振り返って、口を小さくぱくぱくさせ、伊武は言葉を選んでいたが。
 その隙に。
「……伊武くん、今日は1月4日のイブです……。ぷ。」
 無表情のまま、いきなり天根が意味不明なことを言い出すので。
「……は?」
 思いっきり素で、突っ込んでしまう。
「……明日は1月4日。今日は1月4日のイブです。伊武くん。」
 少しだけ嬉しそうに、同じダジャレを繰り返す天根。
「……お前、ホントばかだな。救いようのないばかだな。意味、分かんないよ。それ。だいたい、そのイヴってeveだろ?俺の苗字は伊武なんだから、Ibuで、全然スペルも違うし、vとbなんて発音も全く違うだろ。信じられないよな。そのセンスのないダジャレ。それにしたって……。」

 天根は。
 俯き加減に伊武の言葉を聞き、何度も何度も頷いて。
「うぃ。」
 真面目にぼやかれていた。

「……変なコト、もう、言うなよ。全く。」
 伊武が思う存分、ぼやき終えた後。
 またくるりと踵を返して、すたすたと歩き始める。どこへ向かうわけでもない。今は、他の連中も境内の日向で、のんびりおしゃべりしたりしてくつろいでいるのだから。桔平は黒羽と一緒に社務所でお守りを眺めているし。ああ。なんか幸せそうだな。橘さん。
「伊武……くん?」
「くんとか、付けるなよ。気色悪い。」
「うぃ……伊武?」
 まだ付いてくるのか。
 伊武は少しだけげんなりしながらも、あのぼやきに耐えて、それでもとことこと付いてくる天根に、こいつちょっとだけ良いやつかなという錯覚を覚えていた。なんだかんだ言って一生懸命、俺の言うこと聞いてくれる。なんだかそれは少しだけ嬉しい。

「伊武の髪、さらさら。」
「……触るなよ?」
「……うぃ。……攫いたいようなさらさらの髪……。ぷぷ。」
「……お前、ホント、信じられないばかだな。なんだよ。それ。ダジャレのつもりなの。『さら』しか共通点ない上に、全くつまんないんだけど。自分で笑うってのもオカシイだろ。お前、あほだな。信じられないあほだな。……」

 立ち止まって、伊武はまたぼやき始める。
 また、天根も立ち止まって。
「うぃ。」
 ぼやきに合わせて、懸命に相槌を打つ。



「天根のやつ、大丈夫か?」
 ふと、振り返った桔平が黒羽の袖を引く。
 見れば、天根がその長身をかがめて、伊武のぼやきを聞いているところで。
「あー。嬉しそうじゃねぇ?ダビ。」
「……嬉しそうか?」
 黒羽はにやにやと笑いながら、伸び上がって天根を見やる。
「たぶん、伊武にくだらねぇダジャレでも言ったんだろ?」
「深司にダジャレとは勇気があるな。」
「おう。あいつはムダに勇気があるんだ。」
「ムダに……か。」
「たぶん、今、ダビとしては、伊武に突っ込んでもらってる気分なんじゃねぇ?」
「……そう、なのか??」

 その横で杏は石田と一緒に、恋愛成就お守りを発見し。
「お兄ちゃんたち、これ、いるかな?!」
「い、い、いらないんじゃないかな?」
「そうだよね!もう、成就しているもんね!」
 などと、ほのぼのした会話を展開していたが。

「あんなに丁寧に突っ込んでくれるやつ、他にいないだろ。嬉しそうじゃねぇか。ダビ。」
「……あんなに延々、ぼやかれても嬉しいのか。天根は。」

 桔平と黒羽はにこにこと天根・伊武コンビを見守っていた。

「それよか、伊武が可哀想じゃねぇ?ダビにダジャレなんか言われてさ。あいつ、そういうの好きじゃないんじゃないか?」
「……そうだな。まぁ、深司は誰のこともそんな好きじゃないからな。」
「……おいおい。」

 柔らかな冬の日差し。
 境内の日向で、立ち止まったまま、伊武はくどくどとぼやき、天根はそれに逐一頷いて。

「あんなに真面目にぼやきを聞いてもらえて、深司も案外、嬉しいのかも知れないな。」
「あー。そんなもんかね?」

 日だまりの時間はゆっくり流れて。
 伊武がぼやきつづける声だけが、いつまでもいつまでも、境内に聞こえていた。


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