正月三日。昼下がりの東京は暖かかった。 空は晴れ渡っていたし、冷たい風もない。 「よっ!あけましておめでとう。」 この前と同じ笑顔で、黒羽が快活に挨拶をくれるので、石田は、いや、石田だけではない、不動峰の中二はみな一様に笑顔で応える。 「あけましておめでとうございます!」 問題は、その隣りに立つ無表情なやつで。 登場するなり、桜井の肩を抱いて、妙な台詞を吐いたやつ。 こいつ、良く分かんないんだよなぁ。 少し困惑しながらも、石田は桜井が諦めた様子なのを確認して、自分も諦めることにした。いろいろ考えても仕方がない。きっと上手く付き合っていけるだろう。 杏は今日も普段通りの服装だったけれども。 「すっげぇな。これ、どうなってんだ?!」 「……袴を覗くな……!」 桔平は着物姿で。そういえば去年の初詣でも着物だったな、と石田は思い出す。 もともと精悍な顔立ちが、いつも以上に凛々しく見える。 男の俺が見てもかっこいい。あんなお兄ちゃんを見慣れているんだから、杏ちゃんの目は肥えているんだろうなぁ……。 少しだけ、なんだか自信を喪失しながら、石田はちょっと視線をずらす。 「かっこいいぜ?橘!……んで、この袖、どうなってるわけ?」 「……かっこわるくても良いから、人前で袖をたくしあげるな……!破廉恥な!」 友人とじゃれあっている桔平なんか、滅多に見られるものではない。こんなに楽しそうに笑うなんて。桔平の全身から滲み出るような楽しげな気配に、石田は嬉しくなる。 その嬉しさを分かち合いたくて、そっと桜井に視線を向ければ。 桜井は、少し俯いたように、桔平と黒羽から目をそらせていた。 ……??? 石田は首をかしげる。 この桜井の姿勢は見覚えがあるぞ……?? そして。 彼は思い出す。 そうだ。桜井がこんな風に目をそらして俯くのは。 俺と杏ちゃんが二人っきりでしゃべっている場に出くわしたときだ……! ……??? 「部屋帰ったら、どうやって脱ぐのか、見せろよ。」 「お前の前でなど、絶対、脱がないからな!!」 「なんだよ!ケチ!!」 杏もにこにこと見守っている。 えーっと。 そういえば、杏ちゃん、この前、黒羽さんと橘さんがデートだのなんだの言ってたよな……?? ……??? 「とにかく!まずはお参りに行くぞ!」 ようやく黒羽の手から逃れ出た桔平が、少し照れくさそうに歩き出す。 去年も初詣に行った寺は、ほんの数分歩いたところにあって。 そういえば、初詣は神社が良いかお寺が良いか、みんなで揉めたなぁ、なんてコトを今更ふと思い出したりして。 橘さんが不動峰だからお不動さんにお参りするのが良いだろう?と言ったから、その場がすんなり収まって、ここにお参りって決まったんだよな。 あれから一年か。 ホントに。 ホントに俺たち全国に行ったんだよな。 いつもより人通りの少ない商店街をゆっくり歩く。 歩き慣れた、地元の道。 だけど、黒羽さんはきょろきょろと辺りを見回して。 「おい、橘!あれ、なんだ?」 なんてことのないモノにまで興味を示す。 「何って、ただのコンビニだろう?」 「あんなコンビニ、うちの方じゃねぇぞ?!」 「……コンビニは店に地域差があるからな。確かにあれは九州でも見かけなかった。」 「ふーん。九州と千葉って似てるのかな。」 ……なんか、ホントに仲良いよな。あの二人。 あ、桜井、また目をそらしてる……。 ……??? 葉を全て落とした柿の木。大きな朱塗りの門が見えて。 石田は、さっきまで桔平と黒羽の間にいた巨漢がいないことにふと気付く。 その代わり、黒羽には神尾と内村がじゃれついていたのだけれども。 あれ? さっき、桜井にちょっかいを出して、黒羽さんに蹴り飛ばされてから先、天根のやつ、大人しくしていたんだけどな。どうしたんだ?? そして、視線を廻らすと。 隣りを歩いていた杏の横に、見慣れぬ男の姿があり。 「杏……ちゃん。」 「うふふ。今回は連れてきてもらえて、良かったね。天根くん!」 あれ? いつの間にこんなトコに。大きい図体して、こいつ結構ちょこまか動くんだな。 「橘さんの着物……なかなかに良きものですな。」 「やだぁ!もう!天根くんたら!また、黒羽さんに蹴られるよ!」 笑いながら、杏ちゃんがばしばしと天根を叩く。 いや、でも。 橘さんの着物はなかなか良いと思うよ。俺も。 石田は、天根の意見に心から同意して、静かに微笑んだ。そうだよな。良いよな。着物って。 朱塗りの門をくぐると、広い境内があって。その奥には本堂。 「まずはお参りだな。」 さすがに正月も三日になると、そうそう人が多いわけでもなく。 ぞろぞろとお参りに行っても、邪魔になりそうもない。 「お参りっていったら、五円玉だよな。」 「そうだな。ご縁がありますようにというやつだな。」 黒羽ががさごそと財布を漁り。 「あー。五円玉、ねぇや。」 と呟いた。 「……あれだけいつも小銭を溜め込んでいながら、なんで五円がないんだ?」 「ご縁がないなんて、縁起でもねぇコト、言うなよ。」 桔平はひょいと黒羽の財布を覗き込み、小さく笑った。 「なら、五十円玉にしたらどうだ?十重にご縁がありますように、という意味になるらしいぞ?」 「ふーん。十重二十重にね。」 指先で五十円玉を摘み上げ、黒羽は周囲を見回す。 「一人、二人、三人……。」 「何を数えている?」 「いや、五十円払ったら、こいつらと会えたご縁を全員分、感謝しきれるのかなって思ってさ。」 大きな落ち葉が、踏みしめるとかさりと軽い音を立てる。 空は広い境内の上にどこまでも青く広がっていて。 「石田?」 低い声で、天根が声を掛けた。 「ん?」 本堂に向かう石畳の道で。 「俺、ここで石田に会えて良かった。……ご縁かな。」 優しい声音。 石田は少しだけ違和感を感じながらも頷いて。 「そうだな。俺も会えて嬉しいよ。」 その言葉に、天根はにっこりと微笑んだ。 「あのね。」 「うん?」 「……お前は石田。これは石段。」 本堂の前には数段の石段があって。 すっと、天根の長い腕がその石段を指し示す。 石田の眼差しが、石段に届き、そして再び天根に戻り。 「ああ。石段だな。」 と、素直に同意した。 天根は大きく目を見開き。 すぐ横にいた杏は口元を押さえて小さく吹きだした。 桜井が狼狽えたように黒羽に目をやったが、黒羽の肩に額を背中側から押しつけるようにして桔平が笑い崩れているのに気付いたせいか、桜井はそのまま目をそらしてしまい。 勢い、石田も桜井の視線に合わせて、眼を泳がせ。 「あのね。」 天根が縋るような声で、石田のコートの袖を掴む。 「……お前は石田。」 「うん。」 「これが、い・し・だ・ん!」 「そうだな。」 桜井が額を押さえて目を伏せ、森と伊武の背後に移動したのをなんとなく感じながら、石田は小さく首をかしげる。 ……これは、石段。俺は、石田。 ……??? いしだん? いしだ? ……!!! 「石段と、石田!ダジャレか!」 「そう!……やっと……分かってくれた……!」 天根が一瞬、目を潤ませて、ひしと石田に抱き付いた。 石田も嬉しくなって、天根の肩を抱く。 「……ダビデを越えるボケ倒しってのはすげぇな。」 「……石田……あいつは全く……。」 黒羽と桔平の声も笑いをはらんでいて。 一月の日差しの下、なんだか全てにお日さまの匂い、幸せの匂いがして。 ホント、あの二人は仲良いよな。 「石田、石段をいし段抜かしでダッシュだ!」 「いし段抜かし?」 「一段抜かし……。」 「一段と石段!……ダジャレか!」 「そう!」 石田は思った。 天根って、何考えているか分からないけど、面白いやつだな。と。 天根は思った。 石田って、何考えているか分からないけど、面白いやつだな。と。 そして二人は意気投合し。 「よし!いし段抜かしでダッシュだ!」 「うぃ!」 青い空の下、まっすぐな瞳で、二人は本堂に向かって駆けだした。 |