終業式が終わってからも、中三の教室にはまだ佐伯や樹、木更津らが残って。 何をするでもなくぼんやりと窓の外を見ながらおしゃべりをしていた。 明日から冬休み。 宿題は少しだけ。 受験生という肩書きさえ気にしなければ、テニスもテニスもテニスもし放題だし。 気分はうきうきしてくるんだけども。 「あーあ。バネのやつ。」 「俺らより橘の方が大事なんだね。知ってたけど。くすくす。」 「全く。終業式終わるなり、すっとんで帰ったし。」 「何?妬いてるの?サエ?くすくす。」 「まさか!!俺が愛しているのは樹ちゃんだよ!!」 「……迷惑なのね。」 小突き合い、笑い合い。 いつものように、ゆっくりと時間が過ぎてゆく。 そんな中。 ばたんっ!! 勢いよく教室の扉が開いて。 「ダビデ。どうしたのね?」 「……みんな、午後、テニスするんでしょ?」 「うん。するのね。」 「……俺も入れて?」 いつものように平然と中三の教室に入り込む天根。それは六角では普通のこと。いつものことで。だけど、いつもと少し違うところが一つ。 木更津がそれを思い出したように口を開く。 「ダビデ、今日はシングルスだね。」 「……?」 「あれ?聞いてない?バネ、今日は居ないよ?くすくす。」 「……?」 「デートなんだって。」 「……デート。」 それなら仕方がない、と天根は小さく頷いた。バネさんは自覚していないけど、ちょっとだけもてるから。たまにはデートくらい、するかもしれない。クリスマスだし。それは仕方ない。バネさんにだって、デートくらい、させてあげよう。 殊勝なコトを考えていた天根の耳に。 佐伯の柔らかな声音が届く。 「ホント、あいつ、橘にメロメロだもんね。」 「……!!」 その瞬間、天根の目が肉食獣のように光った。 獰猛な野獣に似た静かな怒りが、瞳に宿る。 「橘さんのトコに……行ったの?バネさん。」 「あれ?ホントに聞いてないの?ダビデ。」 「……聞いてない!!全然、聞いてない!!」 天根はじたばたと悔しがって暴れた。それはもう、野獣どころではなく。ただのお子様のように、目に涙さえ浮かべて。 「お、落ち着くのね。ダビデ。」 「俺も行きたかったのに……!!」 窓の外には十二月後半の、穏やかだけれども冷たい陽の光。 「次!!樹ちゃん!!」 「ダビデ……もう、休憩するのね。」 「ダメ!!打つの!!」 「樹ちゃんが可哀想だろ?ダビ。もう、やめて帰ろう?」 「やだ!じゃあ、サエさんでも良い!!打つの!!」 「俺ももうへとへと。帰ろうよ。ダビ。」 「むぅ……!」 夕方のテニスコートでは。 置いてけぼりを喰らった悲しさをテニスにぶつける百人斬り少年の姿があった。 そして、コートの隅に座り込んで、苦笑している三年生が三人。 「氷帝はいっぱい生徒が居るから、百人斬りもできたんだろうけど、俺ら三人なんだからさ。延べ百人はかなりしんどいんだけど。ダビ。」 「やだ!俺はしんどくない!!」 天根は括り上げた髪をぎゅっときつく締め直し。 きりりと眼差しを上げて、小さい声で呟いた。 「クリスマスだけに……みんな、苦しみます!」 しかし、当然、突っ込みを入れてくれる優しい人影はそこにはなく。 寂寞とした木枯らしが、千葉の大地を吹き抜ける。 「……帰るのね。サエ。」 「うん。帰ろう。樹ちゃん。」 「ダビが不憫だと少しでも思った俺たちがばかだったね。くすくす。」 孤独な闇の向こうから。 冷たい冷たい夜が来る。 天根は長いラケットを天にかざすようにして、低い空に小さく見える星に誓った。 「橘さん、俺……あいにくですが、会いに行く……!」 風が、くるくると枯れ葉を巻き上げて闇に迷う。 「ほら、下らないコト言ってないで、帰るのね。ダビ。」 「荷物、忘れるなよ。」 「くすくす。通信簿もね。」 そう。先輩達は、なんだかんだ言って、待っていてくれる。 だから。 俺も、今回は大人しく、待っていてあげる。 次は絶対、連れて行ってよね!バネさん! 「遅い!ダビ!あと、三秒で置いていく!! 三、二、一!時間切れ!!」 「うわ〜ん!サエさん、待って!!置いてかないで!!」 冬の薄闇の中、街灯に照らされて、少年達の影が長く伸びるころ。 静かに千葉のクリスマスの夜は更けていく。 |