通い慣れたファーストフード店で、三つのテーブルを並べて、八人で囲んで。 わいわいと騒ぎながら食べる。それはもう、わいわいとしか言いようがないような、まとまりのない会話、流れ続ける話題、あちこちから入る相槌と突っ込みの応酬。 もちろん、会話の中心は黒羽である。 黒羽が何か言えば、神尾や内村、桜井が間髪入れず応え、他のメンバーもにこにこして、ときおり口を挟んで。 いつも寡黙な橘も、隣りに座る黒羽に笑いながら茶々を入れたりしている。 えっと。 いつもはどんな感じだっけ? その盛り上がりがあまりにも心地よいので。 内村は、ふと、普段がどんなだったか、思い出せない自分に気付く。 ええっと。 ああ……そっか。 普段は、橘さんが俺たちの話を聞いてくれるんだっけ。 俺と神尾で暴走したりもするけど、基本的には橘さんを囲んで、ほのぼのしているんだよな。まぁ、それも楽しいんだけど。なんかたまにはこういうのも良いかな? ポテトのケースに指を突っ込んで、空っぽになっていることに気付く。 ハンバーガーも食っちゃったし。やっぱセット一人分ってちょっと足りねぇよな。金ないから、我慢すっけど。 そう思いつつ、指先を紙ナプキンでぬぐっていると。 目の前に、ざらざらとポテトフライが降ってくる。 「へ?」 「足りねぇだろ?食えよ。」 そう言って笑うのは目の前の巨漢。 俺なんかよりずっとでかいんだから、俺より腹が減るんじゃないんすか? と、思ったものの。 ポテトの誘惑には勝てず、手を伸ばしかけて、やはり躊躇する。 「あ。う。」 「食わねぇの?」 「……いただきます。」 「わ〜。内村、ずっけぇぞ!!」 「ほら、神尾も騒ぐなよ。やるから。」 内村の隣でテーブルをばんばんと叩いて抗議する神尾にも、黒羽はポテトフライを数本、紙ナプキンの上に降らしてやる。 その様子を静かに見守っていた橘は、軽く眉を上げたが、何も言わず。 ゆっくりと笑みを深めた。 「いっぱい食ってでかくなれよ!」 「ほぁい!」 「ふぇい!」 「食いながらしゃべるな。二人とも。」 不作法を注意する橘も、怒っている様子もなく。 「ま、人間、でかけりゃ良いってわけじゃないけどな。」 「ほぇ?」 「ふぁい?」 「俺より、小さいけど、橘の方が人間できてるだろ?」 「……な?!」 からかっているのか、本音なのか、黒羽の言葉に、橘は言葉を失い。その様子に黒羽は声を立てて笑う。 なんと答えて良いのか分かりかねて、神尾と内村はポテトをくわえたまま、おたおたと目を見交わした。 店内の喧噪は、親子連ればかりで。 中学生の集団は、他にはいないようだった。 ほおづえをついて、黒羽は二人の食べっぷりを見ていたが、黒羽のトレイに橘が自分のポテトをこっそり移植しようとしているのに気付いて、苦笑しながら手で制す。 「俺よか、チビっ子に食わせてやれよ。」 「しかし。」 ためらう橘に黒羽は椅子を引いて、メンバーを一人ずつ見回し。 「……あーあ。やっぱり二人にだけやるのは不公平だもんな。もうちょっと買ってくるわ。ポテトとナゲットで良いか?」 「俺も行こう。」 「良いっての。人間できてないバネさんにも、たまには金に物言わせて良いかっこさせろよ。」 なんか、この人すごいコト言ってる……。 内村は、最後のポテトを口に投げ込みながら、それでも漢らしく爽やかに見える黒羽に見とれていた。 「金、あんのか?」 「おう。橘んち行くって言ったら、おふくろとオジイが小遣いくれたかんな!」 「そういうものは自分のために使え。」 「良いっての。みんなでぱーっと食っちまおうぜ!」 二人がレジの人混みに消えてゆく。 そして、テーブルの周囲には不動峰の中二が残り。 「……急に静かになったな。」 「うん。ホント。」 なんだか、ぽかんとした静寂に、面食らう。黒羽さんはきっとすぐ帰ってしまう。来年になったら橘さんも居なくなる。そうしたらいつもこのメンバーなのか。 ま……良いけど。 食べるのに夢中で、ほとんど手つかずだったコーラに口を付ける。よく考えたら、結構喉も渇いていたんだった。内村は一気にコップの中味を空にする。 「買ってきたぞ〜。」 ほどなくして、黒羽が陽気に戻ってくる。 トレイの上には、山盛りのポテトとナゲット。 もちろん、あっという間に手が伸びて、あっという間になくなるに違いないけど。 それでも先輩の手前、一瞬、内村はためらって、橘の顔を覗き込んだ。気が付くと、他の連中もみな、橘にお伺いを立てるように、困ったような眼差しを向けていて。 苦笑した橘は、小さくうなずきながら、席についた。 「遠慮するな。」 どっかりと腰を下ろす黒羽。 誰が一番最初に手を出すのか……。お互い、牽制するような譲り合うような状態で、手を出しかねていたところに。 真っ先に、黒羽の大きな手が伸びる。 そして。 「ほら。内村。あーん。」 「はい?!」 内村の目の前には。 美味しそうなポテトフライ。 口を開ければ、食べられるほどの、至近距離で。 「こら!黒羽!」 笑いながらも呆れた声で、橘がたしなめると同時に。 内村は思いっきり口を開けて、ぱくり!とポテトに食らいついていた。 「……う、内村。」 端っこの方から、森の狼狽えた声が聞こえたが、気にしない方向で。 でも、少しだけ恥ずかしくて、橘からは目をそらす。 「破廉恥なマネをするな!」 「森にはやってないだろ!」 「森にやるなとは言ったが、内村にならやっていいとは言っていない!」 「普通、やるだろ!!ダビも剣太郎も普通に食うぞ!」 「六角では普通かもしれないが、不動峰では普通はやらない!!」 「そりゃ、オカシイっての!!今日からやれよ!!」 「やるか!!」 なんだか黒羽さんと橘さんが揉めてる。 俺のせい……かな? そう思いながら、もぐもぐとポテトを味わって。ごくり、と飲み込む。 それと同時に。 「俺も、頂きます!」 神尾の手がトレイの上に伸び、あっという間にトレイは戦場と化した。 「分かったっての。じゃあ、もう、後輩にはやらねぇよ。」 「そうしろ。」 「その代わり、橘、食え。ほら、あーん。」 「……食うか!!!」 まだ、黒羽さんと橘さんが揉めてる……。 どうも俺のせい……じゃないな。 そう思いながら、内村は神尾の攻撃を逃れて、最後の一個のナゲットを獲得し、口に放り込んだ。 だいぶ、満足したな。 そしてふと。 黒羽さん、足りたのかな、と。 ちょっとだけ、今更心配になった。 そのとき、向かい合って座っていた伊武と森が、そっと自分のトレイを橘のトレイに重ね、黒羽と橘の間に押しやってきた。 どうも、さっきのポテト&ナゲット争奪戦の最中、食い物と無関係に紛糾していた橘たちの分を密かに確保していたらしい。量はわずかだが、一応、腹の足しになりそうなポテトとナゲットがそのトレイの上には残っていた。 伊武は相変わらず無表情に、森は相変わらず不安げに橘たちの様子を窺って。 「あ。ああ。ありがとな。」 黒羽は一瞬目を見開いてから、にっこり笑い。 「すまん。」 橘は静かに微笑んで。 二人はゆっくりと最後のごちそうに手を伸ばした。 |