黒。

「バネさん?……どうしたの?」
「あー?」
「なんか……顔色、悪いよ……?」
「何でもねぇよ。ダビ。それよか、お前、なんで三年生の教室に居るんだよ??」
「だってお昼ご飯、一緒に食べるって約束した……。」
「あー。そうだっけか?じゃ、食うか。」

 昼休みの教室に温かな日差し。
 途絶えることのない子供達のざわめき。
 天根は朝から様子のおかしかった黒羽を気遣うように、何度となくその顔を覗き込む。
 案の定、黒羽は天根の声にあいまいな相槌を打つばかりで、話を聞いている様子もなく、天根の会心の駄洒落にも全く突っ込みが入らない。
 どうしたんだろう。
 いつも誰よりも元気で、自分たちを支えてくれる黒羽。
 こんなときくらい、何か力になれたら良いのに……と。
 天根は非力な自分が不甲斐なくて、唇を噛みしめる。

「……バネさん……。」
「あー?」
「何か……あったなら……俺に相談してよ。……俺、力になれるか、分からないけど……話、するだけでもきっと……気分が楽になるからさ。」
「あー。……悪ぃ。ダビデ。今日、俺、そんな変か?」
「うん。すごく変。」

 何度もこくこく頷く天根に黒羽は苦笑する。

「俺、隠し事、できねぇんだよな〜。」
 頭を掻きながら、しばらく視線を泳がせて、黒羽は意を決したように話し始めた。
「……あのな。変な夢、見たんだよ。昨日。」
「変な……夢??」
「そう。……笑うなよ?」
「うい。笑わない。」

 夢の話なら。
 聞くだけなら。
 それくらいなら、俺にもできる。
 天根は黒羽の役に立ちたい一心で、力強く頷いた。

「あのな。俺、夢の中で、ダイブツダーの橘と二人っきりなんだよ。」
「……ダイブツダーブラック……。」
「そう。でな。あいつが。」
「うい。」
「俺をじっと見据えて、言うわけだ。」
「うい。」
「『お前のために一生、みそ汁を作るから、俺を嫁にもらえ』って。」
「……ぶはっ!」
「笑うなってば!!ダビデ!!このやろ!!」
「ははは……だって……バネさん……それ、絶対……おかしすぎ……!」
「だから変な夢だって言っただろうが!!!」

 黒羽の裏拳を何度も喰らいながらも、天根は腹を抱えて笑い続けた。
 良かった。
 バネさんが見た夢が、そんな他愛もない夢で……。

「続きがあんだよ!」
「……ひひひ……つ、続き……。」
「笑わずに聞け!」
「き、聞いてる……いひひひ。」
「……それでな。橘が言うんだよ。『俺はダイブツダーブラック……お前は黒羽。黒つながりの運命なんだ。巡り会うべくして巡り会った運命の二人なんだ。俺たちは。』ってさ!!」
「ひ……ひひひ……!!!」

 今度こそ、天根の爆笑は止まらなくなった。
 周囲の友人達がびっくりしたように振り返る。

「も、もうダメ……俺、笑い死ぬ……。」
「てめ!弁当こぼすな!!!」

 机に突っ伏して笑い続ける天根。
 黒羽は途方に暮れたように、その失礼な後輩の後ろ頭に裏拳をお見舞いしたが。
 変な夢は、笑い飛ばしてもらうに限る、と。
 彼も分かっていた。

「あー。ダビ。」
「ひひひ……な、何?……ひひひ。」
「聞いてくれて、ありがとな。」
「……ひひひ。……元気出た?……バネさん。」
「ああ。」

 子供達のざわめきの中を。
 見えない風の中を。
 昼休みの刻はゆっくりと静かに穏やかに流れていく。



Workに戻る  トップに戻る