うき☆ドキ☆ショッピング

 九人の中学生男子(+ひとりの中学生女子)の胃を満たす昼御飯の材料は、それなりに大量になってしまうわけだ。
 桜井はスーパーの入口で買い物カゴを手に取った時、少々思案してから買い物カートも引っ張り出した。
 このカートの操縦権を内村に持たせたら、スーパー中を駆けずり回って大変な事になりそうだ。
 天根にまかせると、天根自身が内村に操縦される不安がある。
 伊武に頼もうものなら、「なんで俺がそんな事しないといけないわけ……?」等、長々とぼやかれてしまいそうだ。
 無難に、自分がカートを押すという選択をした桜井は、その選択すらも間違っていた事をすぐに自覚した。
 いや、もう、どんな選択をしても、苦労する事は判っているのだから、どの選択が間違っているとは言えないのだろうが(あえて言うなら、このメンツで買い物に来た事が間違ってた)。
「内村、ネギ、返してこい!」
「ネギ、いらなかったか? 杏ちゃんのメモに書いてあったろ?」
「『タマ』ネギ、ってな。ちょっと考えれば判るだろ。給食とか、お前んちのカレーに、ネギ入ってるのか?」
「……そう言われりゃ、入ってねえな」
 内村は心底残念そうに、ネギを抱えてとぼとぼと歩いていく。
 その背中を見送りつつ、
「天根」
「う、い!?」
 反対側からこっそり近付いてくる天根の名を呼ぶと、天根は体と声を硬直させた。
 振り返ってみれば、彼の手の中には大量のおかしが抱えこまれていて、桜井の制止があと一秒遅ければ、それらはカゴを埋め尽していただろう。
「俺らが作るのはカレー。判るな?」
「……うぃ」
 天根はあからさまにしゅんとして、やはりとぼとぼと、お菓子売り場の方に消えていった。
 あいつらにカートを任せるのと、今みたいに自由にさせているの、どっちがマシなんだろうか、と。
 桜井は再び、眉間に皺を寄せて考え込みながら、近くにあったタマネギの袋をカゴに入れた。
「レタスも居るんだっけ?」
「ああ、サラダも作るらしいから。あ、そこのトマトもとってくれるか?」
「って言うかさ……なんで俺桜井に顎で使われてるわけ? 桜井は何様のつもりなのさ」
 伊武もぼやきはしたが、これが桔平と黒羽のためであるからか、いつもよりも各段にぼやく量が少ない。ちゃんと手伝ってくれる分、内村や天根よりはましかもしれない。
 桜井はそう思いながら、自分を慰めた。
 ここに居るのが石田や森や杏だったら、特に問題も起こさず、快く、必要なものを必要な分だけカゴに入れてくれただろう、なんて事は考えないようにした。考えるだけ空しくなるに決まっている。
「内村。油揚げはいらないからな」
「え? そうか? この間森がソバ屋行った時カレーうどん注文したらオマケに油揚げくれて、これが意外とおいしかったとか言ってたぞ?」
「だから俺らが作るのはカレーであってカレーうどんじゃないし、だいたい橘さんや黒羽さんのために作るのに、どうして森の味覚に合わせないといけないんだよ」
「……それもそうだな」
 そうだ。
 あの内村が、こんなにも素直に引き下がってくれる。これは苦労じゃない。むしろ喜ばしい事だ。
 桜井は己に言い聞かせるように、何度も頷きながら、キュウリやらニンジンやらをカゴに入れた。
「天根」
「ア、アイスは、デザートにみんなで……!」
「……」
 必死に訴える天根が、桜井はなんだか可哀想に思えてきた。
「杏ちゃん、さっき、プリン作ろうって楽しそうに言ってたぞ」
「プリン……!」
「天根だってお客さんなのに、ご飯作りに参加してもらうのが申し訳ないから、せめて手作りデザート喜んでもらえたらなって」
「……!」
「お前は杏ちゃんがお前のために作ったプリンより、市販のアイスのほうがいいのか?」
 天根は、今にも泣きそうな顔で、桜井に背を向けて走り去った。
「今の、本当なの?」
「杏ちゃんがプリンを作るって言ってたところまではな」
 伊武は、何か言いたそうに口を開いたが。
 気が削がれたのか、何も言わずに口を閉じ、無言でニンニクをカゴの中に放り込んだ。

 ガラガラと、沈黙の中カートを進ませて、肉売り場に足を運んだ頃、ようやく手ぶらの内村と天根が合流する。
「天根、内村」
「おう」
「うぃ?」
「サラダに入れたいもの、適当にとって来ていいぞ。コーンとか、ツナとか」
「アスパラは!」
 訴える内村の目は輝いている。
 そう言えばこいつ、アスパラ好きだったっけな。しぶいよな、と思いつつ、
「……まあ、アリだな」
 桜井が許可すると、内村はうきうきしながら野菜売り場に戻っていく。
「り、りんごとか、みかんとか」
「何それ最悪。俺、サラダにフルーツ入れる奴の気が知れないんだよね……なんで別々に食べれないわけ? 混ぜる必要性、ないだろ?」
「……ツナ、とってくる」
 内村とは対象的に、天根はまだとぼとぼと歩いている。
「あいつ、大丈夫かな。駄洒落言う気力もなくしてるぞ」
「チロルチョコのひとつも与えとけば復活するんじゃないの。あいつは単純ばかだからね」
 肉の産地と内容量を確かめながら、伊武はそっけなく言った。
 酷い言いようだと思いつつ、それもそうだなと、桜井は心底納得し、あとでチロルチョコを買ってやろうかなとほだされていたその時。
 天根は戻ってきた。
 ツナ缶と、味噌を抱えて。
 なんでここで味噌なんだよ!
 と、基本的なツッコミを入れたい欲求が渦巻きつつも、桜井は何も言えず立ち尽くすだけだった。
「なんで味噌なわけ? 味噌味のカレーが食べたいの? それともサラダ? 意味判らないんだけど」
 だから、伊武が代わりにツッコミを入れてくれた事が、桜井は心底ありがたかった。
「違う。味噌汁を、飲めたらいいなあと、思って」
「……カレーに、味噌汁、か?」
「うぃ」
 自身満々に頷く天根に、どうしたものかと桜井が伊武に視線を送れば、伊武もまた、桜井に振り返る。
 千葉の食文化は、カレー+味噌汁なんだろうか。
 そう言えば昔、何かのドラマで、シチュー+味噌汁の家庭があったなあ。そんなんもんなんだろうか。
 桜井が抱いた聞くに聞けない疑問を、天根は笑顔で解消してくれる。
「以前橘さんが千葉に来た時、あさりの味噌汁作ってくれて、すごくおいしくて」
「へえ。いいなあ」
「それでバネさんが嬉しそうで、こんな美味い味噌汁、一生飲みたいなって言ってて」
「……」
 桜井は、困惑した。
 普通の会話の流れだと言われてしまえば、そうなのだが。
 しかしそれは。
 なんだかプロポーズみたいではなかろうか。一昔も二昔も前っぽい、古臭い決まり文句だが。
 そうなのか。
 やっぱりそうなのか?
 いやいくらなんでも違うよな。
「で? 橘さんは何て答えたのさ」
 伊武が天根に投げかけた問いに、「よく聞いてくれた」と言う思いと、「余計な事を聞くな!」と言う思いが、桜井の中で交差する。
「確か……『いつでも作ってやる』とか、だったと思う」
 OKしちゃったのか! ふたりともまだ中学生なのに!
 桜井は、カートに掴まっていなければその場に倒れ込んでいたのではないかと言うほどに、脱力した。
 ああ、でも。
 だからふたりはあんなに仲良さそうで、幸せそうで。
 誰にも入りこめない雰囲気を、漂わせてるんだよな。
「……作るか、味噌汁」
「!」
「桜井、本気で言ってるの?」
「ああ。ふたりの思い出の品だってなら、あった方がいいよ、きっと」
 心からの感謝と。
 それから、祝福を込めて。
「あ、でも、味噌なら石田んちにあるから、それは置いてこい」
「うい!」
「神尾たちに何言われても、知らないよ。俺のせいじゃないからね」
「ああ、俺が責任取るよ」
 桜井が決意を秘めた微笑みで頷くと、伊武は納得したのか、肩を竦めてから目を反らし、カゴの中に肉を放り込む。
 じゃあ、あとはアサリだな。
 桜井は気合を入れなおして、重みを増したカートを押した。


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