一月四日、午前十時過ぎ。 不動峰中と六角中のテニス部二年生八人が、石田家で一同に会していた。 優しく頼もしく尊敬する先輩たちへ手作り料理をごちそうしようと言う名案に、全員が賛同してこうして集まったものの、冷静に考えてみればまともに料理を作れる人物が極端に少なかった。ときどき家で料理をする杏と、家庭科の時間や親が居ない時のみその手腕を発揮する石田くらいである。 八人は、限られた時間で白熱しつつ話しあった。石田の家にあった家庭科の教科書と、杏が家から持ってきた料理本と、森と桜井が石田の家に来る途中に図書館で借りてきた本をテーブルに広げて。 そうしてメニューをあれこれと相談した結果。 「うーん。無理して凝って失敗するよりは、簡単なもののほうがいいよね、きっと」 「カレーとか?」 「ものすごく簡単だけどまあ、無難だよな、その辺が。カレー嫌いって滅多に居ないしな」 「ちゃんとサラダとかもつけような」 「デ、デザートとも……」 「うん、そのくらいがいいよ。こう言うのは、気持ちだもんね」 誰もが一度は作った事があるような、ごく単純なメニューに決定した。 メニューが決まってしまえば、話を進めるのは簡単だ。役に立たない連中をしばしの間無視した杏と石田は、手早く必要な材料をメモに書き出す。 「あ、家にある材料は使っていいって、母さんが。たしかジャガイモとニンジンはあったよ。あと当然米や調味料のたぐいもね」 「いいんだ? 助かるね〜! じゃあ、ジャガイモとニンジンとお米削って、と、こんな感じかな」 杏は不要な食材を線を引いて消してから、完成した買い物リストを、テーブルの上を滑らせて八人の中心に置いた。 「じゃ、時間もあんまりない事だし、二手に分かれよっか。石田さんちに残って先に料理はじめてるチームと、足りない材料を買出しに行くチームで。私と石田さんは残るから、天根くん、買出し班ね」 にっこりと笑った杏に、いきなり役割を決めつけられた天根は、「なんでだろう」と眉間に皺を寄せて考える。 図体でかいのがふたりも台所に居たら、やっぱ邪魔なのかな。 などと考えていたら、伊武がいつもよりほんの少し苛立った口調で、天根に言った。 「なんでそんな不思議そうにしてるわけ……? 少し考えれば簡単に判る事だろ。頭使いなよ。石田がこっちに残るなら、あと力があるのはお前だけしか居ないんだよ。それに不器用そうなお前じゃ、ここに残ったところでどうせ役に立たないに決まってるしね……せいぜい張りきって荷物持ちでもしろよな……」 開口一番の伊武のぼやきに、天根は怯む事なく、 「……なるほど!」 と納得してしきりに頷いた。「不器用そう」「役に立たない」と言う言葉では傷付かないらしい。 それからがしっ、と伊武の腕を掴む。 「じゃあ、一緒にがんばろう、伊武」 「いやだね。なんで俺がお前と一緒に買出しに行かなきゃならないんだよ。これ以上お前の駄洒落聞かされるのなんてごめんだし、大体俺、ラケットより重いもの持った事ないんだよね……」 桜井と神尾は、心の中で「嘘吐け!」とツッコミを入れていたが、口に出す事はなかった。ぼやきの対象にされるのが嫌だったからだ。 そんな微妙な雰囲気の中、石田がぼんやりと、「少なくともラケットが入ってるバッグは、ラケットより重いよなあ」と考えていると、隣に座る杏が怯む事なく伊武に質問を投げかけた。 「深司くん、皮むきとか、できる?」 「……」 沈黙は何よりも判りやすい答えだった。 「じゃあ、深司くんも買出し班で……」 「俺も、買出し班がいい!」 手を上げるだけでは足りないと思ったのだろうか。更に立ち上がって自分の意見を主張する内村に、残り七人の視線が集中する。 「内村くん、料理苦手なの?」 「まあ、俺が家の中でチマチマしているような男じゃないのは確かだけどな」 桜井は、少なくとも図体はお前が一番チマチマしてるぞ、とは言わないでおいてやった。なんとなく、内村の包丁さばきは危険そうなので、彼が買出し班に立候補した事は正しい事に思えたからだ。 「それ以上に、俺が居ないと、天根がかわいそうだからな!」 「……?」 天根は首を傾げ、内村はそんな天根を見下ろした。 「黒羽さんも居ないし、俺も居ないじゃ、ツッコミが居ねーじゃねーか!」 なんとも馬鹿げた主張に、杏や桜井や伊武や神尾だけに限らず、石田や森までもが冷たい視線を投げかけたのだが。 「内村……!」 「天根……!」 「気ぃ使わせて、すんませんなあ」 「? 関西弁か?」 「感謝の気持ちは、かんしゃいべんで……プッ!」 「うさんくせえ関西弁使うな! 関西人に失礼だろ!」 本人たちはそれでいいどころかどうやら感動しているようなので、放置プレイを心に決める六人だった。 「さて、と」 まだ役割の決まっていない三人は、顔を見合わせる。 神尾と、桜井と、森とが。 沈黙の中でそれぞれの思惑を、視線だけで主張をし合い――最初に均衡を破ったのは、桜井だった。 ふう、と深いため息。 腕を伸ばし、神尾と森の肩をぽん、と叩く。 「杏ちゃん、石田」 「桜井くん……?」 「森は指示さえ与えてくれればけっこう無難に皮むきとかこなすと思うし、神尾もリズムに乗れば米研いだり食器洗ったりはできると思うからさ」 「桜井……」 「料理の方、頼んだぞ」 桜井は伏し目がちに微笑むと、杏と石田の作ったメモを手に取り、立ち上がった。 「行くぞ、深司、内村、天根!」 「おう!」 「うぃ」 「なんで桜井に指示とかされなきゃいけないのかなあ……? いつもリーダーぶるよね、桜井って。まあ別にいいけどね……俺にその役目ふられてもめんどうだし」 「……じゃ、じゃあ、行ってくるわ」 杏は、石田は、森は、神尾は。 優しく温かい眼差しで、去りゆく桜井の背中を見送った。 よりによって問題児ばかり三人がメンバーに居る買い物班の、班長を自ら引き受けてくれた勇者・桜井の。 『行ってらっしゃい!』 桜井(くん)が、無事に帰ってこられますように。 杏たちは強く祈ってから、台所に向かった。 |