絆を胸に

 天根は落ちていた枯れ枝を二本拾って、一本を自分の手に、一本を隣にしゃがみ混む杏の手に。
 そうしてどちらからともなくはじめた○×ゲームは、今のところ杏の三連勝だ。
「この間、クリスマスの時にみんなでもめたんだけどね」
「うい」
「天根くんは、ラーメンだと何味が好き?」
 杏の問いに、○を描きながら天根は答えた。
「……別に、なんでも」
「それじゃダメ! ちゃんと何か決めて!」
 杏はそそくさと地面に×を描いて、天根を睨みつける。
「じゃあ……デザートが、イチゴパフェなやつ」
「もう!」
 西の空に吸い込まれていく太陽を眺めながら、天根は杏のげんこつをくらった。
 別にボケたつもりは無かったのだが、あまりにかわいい杏のツッコミに、やっぱりツッコミはバネさんか内村の蹴りじゃないとなあ、とぼんやり考える。
「まあ、みんなそんなに金持ってねえしな」
「ファミレスかファーストフードが妥当だろうな」
 背中の向こうでは、他の八人が顔を突き合わせて、夕飯をどこで食べるかを相談していた。
「腹が減ったなあ」と黒羽が訴えたのはつい先ほど。「じゃあ何か食べるか」、と桔平が切り出したのはその直後。
 ひとり抜け駆けしてヤキソバを食べた天根は、特に空腹感に苛まれていなかったので、夕飯の相談に混ざる気にもならず、ひとりぼんやりと夕日を眺めていた。
 そんな天根の隣には、気付いたら杏が居た。
 自分もそれなりに空腹だろうに、何かしら食べたいものがあるだろうに、付き合ってくれる杏は優しいなあ、と天根はしみじみと思う。
「橘さんちに、帰るとき」
「私の家でもあるんだけどね」
「アイス買って帰ろう」
 精一杯の感謝の気持ちを込めた天根の言葉に、杏は呆れ混じりの微笑で返してくる。
「……天根くん、アイス好きだよね」
 言いながら、杏はひとつ×を描き、勝ち誇った顔をした。
 気付けば天根がどこに○を入れても、勝ち目は無い。杏の四連勝が確定したのだ。
 さすがに少々落ち込んで、天根は背中を丸めた。
「俺、ストロベリーにする。杏ちゃんは?」
「抹茶!」
「渋いね」
「いいでしょ、好きなんだから。お兄ちゃんは小豆ね。黒羽さんは?」
「俺、カスタードプリンも食べたいから、バネさんはそれ」
「貰う気満々なんだ」
「うい……」
 その時、ふと視線を感じて、天根は素早く振り返る。
 ちょうどこちらを見ていた石田と、真っ直ぐに視線が重なる。石田はすぐに照れくさそうに、視線を反らしてしまったけれど。
 なんでこっちを見てるんだろうと考えていると、桜井がからかうように石田を見ながら笑っているので、天根は珍しく賢明に、察してみた。
「杏ちゃんは」
「何?」
「俺と抹茶アイス、どっちが好き?」
「うーん、抹茶アイスかなあ」
 冗談なのか本気なのか、判断がつきにくい杏の表情に、天根は少しだけ寂しい思いをしてみた。
「じゃあ」
「何?」
「石田と抹茶アイス、どっちが好き?」
 五戦目をはじめようとしていたのだろう、○×ゲームの枠を描いていた手を、杏は小さく震えさせる。
 ほんのりと頬を紅潮させ。
 それから頬を膨らませて、大きな目で天根を睨みつけてきた。
「な……なんでそこで、お兄ちゃんとか黒羽さんじゃなくて、石田さんの名前出すのよ!」
 ああ、そうなんだあと。
 天根はまたも悟ってみる。
 そして少しだけ気を使って、じわりじわりと杏から離れながら、思い立ったように立ち上がり、黒羽の元に駆けていく。
「バネさんバネさん」
 名を呼びながら服の裾を引っ張ると、黒羽は振り返った。
「おう、どうしたダビ! これから行くトコにはイチゴパフェ、ねえぞ!」
「それはいいけど」
「いいのかよ? いっつもねぇトコ行くと文句言うくせに。めずらしいな」
 確かにいつもはそうなのだが。
 ファーストフードならイチゴシェイクくらいあるだろうし、後でイチゴとカスタードプリンのアイスが食べられるから、そのくらい我慢できるかなとか。
 昨日地元でイチゴチョコパフェスーパーデラックスを食べてきたからとか。
 それよりももっと大事な話があるから、とか。
 諸々の理由で、今日は許せる気がした。
「バネさんは」
「おう」
「石田と、仲良くできる?」
「は? お前、いきなり何言ってんだ?」
 黒羽は天根の問いを笑って流そうとしていたが、天根が思いの他真剣である事に気付いたのだろう。ちらり、と横目で石田を見る。
「石田とはこれっぽっちも問題ねぇぜ。ちゅーする仲だしな!」
「……ちゅー、したの……?」
 かわいそうに。石田。怖かっただろうなあ。
 深い同情を込めて、天根は石田を見つめる。
「や、するぞって言っただけだけどな。石田は良い子だから、結局しなかった」
 なんだ。同情して損した。
 天根は肩を丸めながら、黒羽に視線を戻す。
「で? 突然何なんだ? 森とか伊武とかならともかく、石田なんて一番問題なさそうなヤツとの仲、心配するなんて」
「だって」
 天根は、正面の黒羽の手を取る。
 そして開いている片手で、隣に居る橘の手を取る。
「橘さんが……」
「? 俺がどうかしたか? 天根」
「……杏ちゃんの、あんちゃんだから……プッ」
「つまらねえ上にワケのわかんねーコト言ってんじゃねえよ!」
 強烈な回し蹴りを後頭部にくらい、地面にひれ伏した天根が、
「やっぱりバネさんのツッコミが一番……」
 ついつい本心を呟いてみたら、思い切り背中を踏みつけられた。


Workに戻る  トップに戻る