神尾は、なんとなく、気に入らなかった。 何がかと言うと、この、隙あらば桔平と黒羽の間と言う一番おいしいポジションを奪う六角中の二年生、天根ヒカルが、である。 それだけでも充分すぎるほどなのに、 「俺、おみくじ引きたい」 このダジャレ以外では無口な天根に、ぼんやりと思っていた事を先に言われた事が、どうしようもなく神尾の気に障った。悔しいなんて言葉じゃ足りないほどに。 ここで負けたら、スピードエースの名折れだぜ! 神尾は、「天根だけには負けねえ!」と、無駄に意味不明な誓いを立ててみた。スピードのエースである事は、この際あまり関係ない事に、まったく気付かずに。 「おみくじ? えっと、おみくじはあっちに……」 「天根ヒカル!」 神尾は、杏の説明を受けている男を指差しながら、その名を呼んだ。 突然フルネームを叫ばれた事に驚いたのか、天根はゆっくりと顔を上げ、神尾を見下ろし、まばたきを一回。 「どっちがいいおみくじを引けるか、勝負だ!」 「……うぃ!」 桔平は、神尾のわけの判らない勝負を受けてやる天根は、こう見えて以外と寛大なのだな、と感心していた。 その隣で黒羽は、何も考えずにとりあえず頷くのやめろよいいかげん、と呆れていた。 そんなふたりの心など、当人たちが知るわけもなく。 「先におみくじを引くのは俺だ! リズムに乗るぜ!」 神尾は走った。リズムにHigh! な状態で。 「むっ」 天根も負けじと、力一杯地面を蹴って、神尾を追いかける。 「……おみくじって早く引いたって、いいとは限らないのにね?」 ふたりの背中を見送りながら紡がれた、杏の実に冷静なコメントに、全員が同時に頷いた。 「なんだよ橘、末吉って。微妙なの引いたな〜。いっそ凶引いた方が笑い飛ばせていいんじゃねえか?」 「……そう言うお前はどうなんだ」 「もちろん、大吉に決まってんだろ!」 「……」 「なんなら交換してやろうか? バネさんの強運、分けてやるよ」 「交換したところで、運が入れ替わるわけではないだろうが」 「だあー! ちげーだろ、こう言うのは気分の問題なんだよ!」 後からゆっくり歩いて来た仲間たちが、全員おみくじを引き終えて、楽しそうに語り合ってる頃。 神尾は会話に耳を傾けながら、「橘さんと黒羽さんって、ほんと仲がいいよなあ」とぼんやり思いつつ、苦悩していた。 天根もその向かいで、眉間に皺を寄せて、苦悩していた。 「中吉……?」 「吉……?」 互いに自分のひいたおみくじを見せ合い、眉間に皺を寄せ、首をかしげる。 毎年、どこかの神社でおみくじを引き、大吉だったらうかれ、凶以下だったら落ち込み、それ以外ならばそれなりの気分になっていたふたりは。 吉と中吉はどっちの方が良いのか、よく判っていなかった。 「なんか、とりあえず、微妙な差なのは間違いないよな?」 「うぃ」 神尾は、どちらの方が良い結果なのかを誰かに聞こうか、と考え、降り返る。 桔平や杏や黒羽には、カッコ悪いところを見せたくない。 内村や深司はこっぴどく自分たちをけなすであろうから、除外。 石田や桜井や森ならば、快く教えてくれそうなものだが、表面に出るか出ないかの差はあれど、やっぱり笑われてしまいそうだ。 「判らねえから……引き分けにしとくか?」 「……うぃ」 「そんなさびしそうに頷くなよ。俺だって勝負はきっちりつけてぇけど、しょうがねえだろ。俺たち、ばかなんだからよ」 「ここに居るのは、ばかばっか……プッ」 「なんだよそれ。つまらねーよ!」 ほんの少し落ちこんでいるところに、あまりにもあまりなダジャレをかまされたので、神尾は腕を精一杯伸ばして、天根の頭を小突く。 なんだよこいつ、同い年のくせにずいぶん背が高いでやんの。石田ほどじゃなくてもやっぱムカつく。 神尾は不愉快に思いつつも、プライドを守るために口には出せず、ちらりと横目で見上げてみれば。 天根は神尾が小突いたところをさすりながら、少しだけ嬉しそうにしている。 小突かれたり、「つまらねー」とか言われたのに、嬉しそうにするなんてちょっとおかしいんじゃねえか? 神尾は天根の真意が読めず、呆然と天根を見上げる事しかできなかった。 「お前、いいやつ」 突然の天根の呟きに、神尾は激しく動揺した。 「は!? な、なんだよいきなり! おだてたって何も出ねえぞ!?」 「おだててない。本心。ボケにちゃんとツッコミを入れる奴に、悪い奴はいない」 「……はぁ?」 何やら、天根の中にある常識とはかけ離れた理論で、神尾は「いいやつ」にされてしまっているようだが。 天根は心底納得していて。 いいやつと言われて、嬉しそうにされて、神尾も嫌な気はしないのだから。 「みんなに結果聞かれてもごまかせるように、とりあえず、おみくじ、結んどくか」 「うぃ」 気付けば、神尾の胸中にあった、天根への不快感はどこかへ消えていた。 こいつ、突然つまらないダジャレ言うけど、見た目怖そうでなんか気取ってる感じするけど、それなりにいいやつかもな。 神尾はうつむく事で天根の視線から隠れ、小さく微笑んだ。 「神尾」 「あん? 何だ?」 「神尾が紙を結ぶ……プッ」 「だから、つまらねーって!」 さっきより少しだけ強めに天根の頭を小突いてみたが、それでも嬉しそうに、天根が笑うから。 「ばーか」 今度は隠れずに堂々と、神尾は微笑んだ。 「あれ? ダビデ! 神尾! 結局勝負はどっちが勝ったんだよ!」 黒羽が、当然のように勝負の結果を聞きに来る。 神尾は天根を見上げ。 天根は神尾を見下ろし。 「引き分け!」 「引き分けッスよ!」 語尾意外をぴたりと合わせて、結果を答えてみる。 「はあ? 引き分け?」 不思議そうに首を傾げる黒羽の様子が、なんだかむしょうにおかしくて、ふたりは顔を見合わせて笑った。 |