土産

 地元に辿り着いた頃には、あたりはすっかり暗闇に包まれていた。
 ところどころ薄暗い街灯で照らされているだけの道は、いつもと変わりない。しかし三日間ですっかり東京に毒されてしまった黒羽は、「こんなに暗かったか?」と疑問を覚えながら、帰り道を進む事となった。
「東京に戻ってきた時は、夜が明るくて驚いたな。何が変わっているわけでも無いと言うのに」
 今から四ヶ月ほど前。二泊三日で遊びに来た橘が、帰った後に電話でそう言っていた事を、ふと思い出す。
 その時は「変な事言うヤツだな」と言ってしまったが。
 自分もこうして、まったく同じ(それとも真逆と言うべきか)感想を抱いているのだから、今度の機会に軽く謝っておこうと心に決めた。
「到着、と」
 心細かったわけではない。
 が、自宅の前に辿り着いた時は、むしょうに安堵した。
 庭では二匹の犬がしきりに鳴いており、居間からは明るい光と、笑い声が溢れている。
「……?」
 なんか、妙に騒がしいな。
 黒羽は首を傾げる。
 部屋の明りが点いているので、弟はどうやら部屋にいるようなのだが、だとすれば居間には両親しか居ない計算になる。
 年甲斐もなく騒いで、と言うレベルではない。
 妙な違和感をはやく拭いたく、犬に構ってやるのを後回しに、黒羽は急いで玄関をくぐった。
 乱暴に靴を脱ぎ、大股で居間に突入し。
「あ、おかえりー、バネ!」
「おかえりなのね」
「思ったより早かったね」
 こたつで暖を取る仲間たちの姿を目にし、黒羽は肩に担いでいた荷物を取り落とした。
「お前ら、なんでウチに居るんだ!?」
「バネさん、『おかえり』の後は『ただいま』だよ! 常識!」
「あ、ああ、ただいま」
 非常識的なプレイをする一年生部長に常識を諭されるのは癪だったが、とりあえず正論なので従ってから、
「で、なんでお前らウチに居んだよ」
 再び同じ問いを繰り返した。
 しかし答える気が無いように、葵と首藤は自分が食したみかんの数を競い合い(葵が死にものぐるいで食べ進めているのは、また何か自分ルールでプレッシャーをかけているからなのだろう)、樹はせんべいをかじりながら上目使いで黒羽を見上げてくる。
 おそらく、彼らは、理由を知らない。なんとなくここに居るだけだ。
 佐伯と木更津が微笑みながら目で語り合っている様子が、その証拠に思えた。
「いやね。お土産が楽しみで楽しみで、一刻も早くバネに会いたかったのさ。だからみんなで邪魔したんだ」
「ああ? 土産?」
 佐伯はそんなに意地汚いヤツだっただろうか、と思いつつ、黒羽は東京駅で適当に買った土産をこたつの上に置いた。
「現物じゃなくて、話の方なんだけどねぇ……」
「あ、銀座のいちごだ!」
「なんだよ、みんなハズレかよ」
「もー、バネさん! なんでワンピース人形焼買ってきてくれなかったのさ! ボク、それに賭けてたのに!」
 どうやら、黒羽が何を土産に買ってくるかを賭けていたらしい。別のものに狙いを定めていた葵が、不満げに訴えてくる。
「あー、それもウケ狙いに考えたんだけどよ、通り道に売ってなかったんだよな」
 本当は、売り子のお姉さんがグラマー美人だったからでかい図体をして買い難かったと言う理由だったのだが、それを正直に答えるとくどくど文句を言われそうなので、適当にごまかす。
 葵は「ちぇっ」と拗ねたように舌打ちをして、ビリビリと包装紙をやぶりはじめた。
「今度こそごまたまごだと思ったんだけどな」
「それは上から読んでも下から読んでもごまたまごって宣伝文句がムカついてやめたんだ。いつも淳が買ってくるしよ」
「ちなみに一番人気は東京ばな奈だったんだけどね」
「ああ、結局それが妥当かと思ったんだが……」
 買おうとして。
 おそらくは、一番黒羽の帰りを待っているだろうヤツが、置いていかれて拗ねているだろうヤツが、バナナよりイチゴを好んでいるだろう事を、思い出したので。
 少しだけ奮発してみたのだが。
「……ところでダビデは? やっぱ家で拗ねてんのか?」
 放っておくと食い尽くされかねない勢いだったので、黒羽は自らの手でひとりにひとつずつ配り、箱のふたを閉じる。
「あれ? 家に入ってくる前に気付かなかったのか? 庭で犬と遊んでるはずだけど」
「あー……」
 どうりで犬が騒いでいたはずだ。
 納得してしきりに頷きながら、黒羽は荷物の奥の方に大切にしまいこんだレポート用紙を取り出した。
「バネ、何だい? それは」
「ラブレターだよ」
「え!?」
「ダビ宛のな。だから見んなよ」
 何やら無駄に期待を募らせる佐伯と木更津をそうして牽制し、黒羽は土産とレポート用紙を手に、庭に出る。
 確かにそこには、二匹の犬と戯れている天根の姿があった。
「犬同士仲が良いな」などと少しでも口にしようものなら、天根はふてくされるだろうから、言わないが。
「よぅ、ダビ」
「バネさん。おかえり」
「おう、ただいま。いいコにしてたか?」
「……」
 どうやら、あまりいいコにはしてなかったらしい。ものを言わない引き締められた唇が、そう語っているように黒羽には思えた。
「ほら、土産だ。いるか?」
「いる」
 すがりついてくる犬たちから離れ、天根は黒羽が差し出した土産を受け取り、
「……?」
 眉間に皺を寄せながら、首を傾げた。
 折りたたまれたレポート用紙をうさんくさそうに観察し、何か聞きたげに黒羽を見上げてくるが、黒羽は微笑で応えるだけ。
「何、コレ」
 声に出して質問してきても、黒羽は答えなかったので、ようやく観念したのか、天根はおそるおそる、レポート用紙を開く。
 力強い字で書かれた簡素な手紙は、あっと言う間に天根の表情を柔らかいものへと変化させた。
「いい土産だろ?」
「うぃ」
「俺がわざわざぶんどってきてやったんだぞ。ありがたく思え」
「うぃ」
「だから置いてけぼりにした事許せよ」
「うぃ」
「ホントだな? 男と男の約束だからな? そんな約束してないとか後から言うなよ?」
「うぃ」
 黒羽の投げかけに生返事で答えながら、天根は短い手紙を何度も何度も繰り返し読む。
 満足し、折りたたんでポケットにしまってくれるまでの時間、黒羽は天根を見守っていなければならなかった。
「いつ行く?」
 しまいこんだ瞬間、この話題。
 クリスマスからさっきまでの寂しさと、今現在の喜びが、手に取るように判る。
「そうだな、とりあえず大掃除終わらせて」
「うぃ!」
「そんで、ちゃんと冬休みの宿題が終わらせたら、連れてってやるよ」
 黒羽の出した(天根にとっては厳しい)条件に、天根は一瞬だけ怯む。
 しかし、すぐに力強い眼差しで頷いた。


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