電気を消した暗闇の中で目を伏せながら、眠ってしまうのが惜しいと思ってしまった事。 まどろみの中で、目覚めるのが寂しいと思ってしまった事。 それらの明確な理由を、誰に言われるでもなく、桔平は自覚していた。 だと言うのに、昨晩乱暴にしめたせいで作られた、カーテンの隙間から射し込んでくる強い朝日が、桔平に知らしめるように、未だ眠りの淵に居る黒羽を照らすのが、妙に癪に障る。 早いもので、黒羽が橘家にやってきてから、今日で三日目だ。 当初の予定通り、昨晩天根と交わした約束の通り、黒羽は今日千葉に帰ってしまう。 普段は何とも感じていなかったこの部屋を狭いと感じる事も、食卓が無駄に賑やかだと感じる事も、なくなってしまうと言う事だ。 「んー……」 それまで規則正しい寝息を立てていた黒羽が動いたのは、カーテンをきっちりしめようと桔平が動いた時だった。 寝返りを打つだけか、寝言を呟くだけか。 動向を見守っていた桔平の目は、寝ぼけながらうっすら開かれた黒羽の目と合ってしまった。 「すまん……眩しかったか?」 「あー? やー、俺はそれくらいじゃ起きねーから。それより、おはよう」 「ああ、おはよう」 黒羽は上半身だけを起こし、ゆっくりと伸びをする。 どうやら完全に起きるつもりらしい事を確認してから、桔平は三十分後に鳴り響く予定だった目覚し時計のスイッチを切り、カーテンを全開にした。 差し込む朝日の強さに、たまらず目を細める。 「そう言えばよー、橘」 「なんだ」 「俺、今日、どうすんだ?」 「千葉に帰るんだろう?」 当たり前の事を聞くな、それとも天根との約束を破ってまだ東京に居座るのか、と続ける前に、黒羽が不満そうに訴えた。 「そりゃ帰るけどよ、朝一から追い返さなくてもいいじゃねえか! まったく、本当に同輩には冷てぇな、橘サンは!」 「……ああ」 昨晩の事を未だ根に持っている子供みたいな黒羽を、呆れるでもなく笑うでもなく。 むしろ桔平は、自分自身に呆れていた。 今日と言う日は、まだ十五時間以上残っている。朝の九時に帰ろうと夜の九時に帰ろうと、計画や約束を違えるわけではない。 そんな簡単な事を言われるまで気付かなかった自分に、呆れたのだ。 「どうしたいんだ? 俺は『同輩に冷たい橘サン』だが、付き合ってやってもいいぞ」 「……お前もけっこう根に持つんだな」 「人の事が言えるのか?」 桔平の鋭い切り返しに、一瞬だけ沈黙を呼び込んでから、 「や、言えねえな」 ふたりは顔を突き合わせて笑う。 まだ寝ているだろう杏に迷惑がかからない程度の、小さな声で。 「そういや俺、せっかく東京に来たのに、東京見物してねえや」 ひとしきり笑った後、思い出したように黒羽が呟いた。 「十五年も関東に住んでいて、今更東京見物もないだろう」 「いや、案外近場の人間の方が知らないもんだぜ。サエなんて東京タワー行った事ねえっつってたし」 冗談だろう? と聞き返そうとして、黒羽の目が思いの他真剣だったため、桔平は言葉を飲み込んだ。 確かに言われて見れば、東京近郊(と言って良いのか、実に微妙な位置ではあるが)に居を構える人間が、わざわざ足を運ぶようなところでもなさそうな気がする。 「東京見物って、どの辺回ればいいんだろうな?」 「俺が以前東京に旅行に来た時は、きちんと東京タワーに行ったぞ」 「俺もガキのころ家族で行った。記憶にねぇけど、写真が残ってる」 「国会議事堂にも行ったな」 「それは小学校の時バス遠足で行った気がする。赤い絨毯しか覚えてねえけど」 「あとは東京ディズニーランドにも一日……」 「ディズニーは千葉じゃねえかよ!」 黒羽のツッコミは至極もっともなものであったのだが。 しかし旅行のルートを決めたのは桔平ではなく、また、純真な子供であった桔平は、「東京」と名の付くものはすべて都内だと信じていたわけなのだから、責められても困惑するしかない。 「ま、いいや」 そんな桔平の困惑に気付いたのか、黒羽はため息ひとつですべてを流してしまった。 「せっかくだから、ちょっとブラブラしてから帰るか。橘サンも付き合ってくれる事だし」 「仕方ないな」 「うし! そうと決まったらさっさと準備して出かけようぜ」 跳ね上がるように立ち上がった黒羽からは、もう眠気や疲れなどは微塵も感じなかった。 あまり早く家を出ても、店などは開いていないと思うのだが。 と、指摘する前に、この男がそんな事を気にするわけもないと気付き、桔平は黙って微笑んだ。 「へへっ。橘とふたりきりで都内をデートしたなんて言ったら、ダビのやつ、もっと悔しがるだろうな〜」 「……悪趣味だぞ、黒羽」 呟くように桔平がツッコミを入れると、黒羽の拳が反撃をしてくる。 それを紙一重で避けてみると、黒羽の表情が悔しげに歪んだので、桔平はたまらず吹き出した。 |