赤。

「黒羽……お前、東京にくる気は無いか?」
「あー、ない! ぜんっぜんないな!」
 橘が冗談を口にするなんてはじめてだなとぼんやり思いつつ、黒羽は即答した。
 千葉で生まれて千葉で育った黒羽にとって、東京など大した興味もない地。更に言うならば、ついこの間――目の前に居る東京在住の男と友人になる――までは、大したどころかまったく興味の無いところだった。
「冗談でも言えねえよ。千葉を捨てる、なんてな」
 どこまでも続く海も、穏やかな雰囲気も、ださいジャージも、高校に行ったらやろうと思っているバイトの時給が六百五十円なところも。
 何もかもまとめて、黒羽は千葉を愛している。
「そうか。そうだな」
 しかし、そう答える橘の微笑みは、あまりにも寂しそうだった。冗談を冗談で流されただけの人間が浮かべるような表情では無い。
 黒羽は呆然と橘の笑顔に見入りながら、内心では相当慌てていた。
 橘が冗談を言うようなヤツでは無いと知っていたのに、なぜ自分はこんなにも軽く受け答えをしてしまったのだろう。
 それが橘を傷付ける事になるかもしれないのに。
「悪ぃ」
 即座に謝罪の言葉を述べると、橘は小さく首を振った。
「いや、俺こそ悪かった。もしかしたらと期待して、馬鹿げた問いかけをしてしまったな」
「……なんでだ?」
 黒羽は、橘に問う。
 言葉では無く視線に意味を託して。
 黒羽を真っ直ぐに見据える黒い瞳は、やがて問いの意味を受け取ったのだろう、黒羽の視線から逃れるように空を見上げる。
「お前が東京の人間であれば、ダイブツダーに入ってもらえたのだと考えはじめたら……どうしようもなくてな」
「ダイブツダーは、今でも充分、悪の立海大に対抗できてんだろ? ゴクラクダーはなんか気持ち悪ぃけど、ウチなんざマジメに攻める気ねぇから気にする必要ねぇし」
「……攻める気が無いのか?」
「あるように見えたか?」
 ゴホン、と咳ばらいをひとつ。
「戦力不足を悩んでいるわけではないさ。ただ、ダイブツダーには重大な欠陥がある。それが気になるんだ」
 あまりにも鮮やかに話を戻す橘の手腕に、黒羽は少しだけ感動した。
「お前さえ、ダイブツダーに居てくれたら……」
 力強く握り締められた拳が、地面を叩く。
 ダイブツダーのリーダーである橘の重責をそこに見たような気がして、黒羽はあまりの辛さに目を反らす。
 そんなにも自分の力を求めてくれるのなら。
 それで少しでも彼の負担が軽くなるのなら。
 自分が取るべき道は、愛する故郷を捨てる事なのではないかと思える。
「橘、俺……」
「ダイブツダーレッドが誕生すると言うのに……!」
 一瞬の、沈黙。
「……は?」
「お前も知っているだろう? ダイブツダーはブラック・ブルー・グリーン・ホワイト・シルバーの五人で成り立っている事を。戦隊ものの基本である、レッドが居ないと……!」
 どこから驚いていいのだろうと、黒羽は困惑した。
 とりあえず、橘が戦隊ものの基本を語れると言う事実に驚くのがいいだろうか。
 いつもは異様に大人びているこの男も、小さい頃は戦隊もののレッドに憧れて真似とかしていたのだろうか。
 想像してみると、微笑ましすぎて、自然に笑みが溢れてくる。
「でも、俺がダイブツダーレッドになっちまったら、俺がリーダーだぞ? そりゃ、他の奴らが納得しないだろ」
 橘は息を飲んだ。
「いいじゃねぇか。基本から外れてても、平和を守る心があれば、それで」
 黒羽は橘の肩を抱き、軽く二、三回叩いてみる。
 すると橘の肩から、力が抜けていくのを感じた。
「……そうだな」
「だろ?」
「ありがとう、黒羽」
 橘はいつもどおり、力強く微笑んだ。
 黒羽の手を離れ、姿勢よく立ち上がるその姿は頼もしく、ダイブツダーのリーダーに相応しい。
「なあ、いっこ聞いていいか?」
「何をだ?」
「ダイブツダーレッドってよ、赤いジャージ着てて、ほくろくっつけられる程度にでこが開いてりゃいいんだろ? だったらウチの連中なら、サエはちょっと微妙かもしんねえけど、誰でも良かったんじゃねえの? 剣太郎なんかすげー似合いそうだし、ダビなんてハードな戦闘こなしても髪ガッチガチ、でこ全開だぜ」
 橘は少し見開いた目で黒羽を見下ろす。
 そして口元を抑えながら、視線を宙に泳がせる。
「気付かなかった」
「は?」
「お前以外のレッドは、考えなかったな……」
 なんだそりゃ。
 と、声にできないほどには驚いているようだと自覚した時、黒羽は思わず、橘の背中に蹴りを入れていた。
「何をする」
 不意を突かれた橘の不満そうな声に応えられるわけもなく、橘の背中にくっきり残った足跡を指差しながら、黒羽は笑い続けた。
 笑えるほどおかしいのは橘ではなくて。
 こんな些細な事でどうしようもなく喜んでいる、自分だ。



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