小さな秋のヤキモチ

ダビや橘が悪いわけでもなく…
ただその現場を見てしまった自分が動揺しているのが情けなくて…
やり場の無い気持ち?って言うのか…そのわからない感情があったんだ



「それにしてもここのススキは見事だな。」
またもや千葉に訪れた橘が黒羽と天根に連れられてやって来たススキ野を見て
感慨深げに呟く。
「でしょ〜。橘さんに見せたかったんだ〜。」
と、飼いならされたワンコみたいにじゃれてくるのは天根だ。
そんな様子を苦笑しながらも橘はそうだな…と答えると黒羽は甘いな…とぽつりと洩らす。
だが、そんな顔も楽しそうで活き活きとしている。
「毎回ここに来ると目新しい出来事が待っていて面白いものだな。」
橘は隣にいる黒羽にそう言うと彼も満足げに笑いながら
「だろ!東京と違って田舎だからな、なんでもあんだよ。」
「らしいな…」
そんな風に話していると先にいる天根が二人の方を振り返って手を振る。
「バネさん、橘さん。早く、早く。」
「そんなに急いでも変わらないぞ。」
「ダビ、お前ちっとは落ち着けっての。」
黒羽が大声を上げて言うと天根は一瞬真面目な顔をして考え込むとすぐに満面の笑みで
「あ、バネさん。まだギャグにオチが無いから落ち着かないの?」
と一言。
その言葉に橘はどうしたものかと考え隣にいる黒羽を見たのだが、
そこには彼の姿はすでになく…前方にいる天根に向かって飛び蹴りを
食らわしている姿が見える。
相変わらず身体張った漫才を繰り広げているらしい…
そう思うと何だか橘は楽しくなり笑い出してしまう。
「あ、バネさん。橘さんが笑ったよ。オレのギャグ面白いって…」
「あ〜?違うだろ!!って…橘もいつまでも笑うんじゃねーって。」
「はは…すまない…つい…な。」
そう言いながらも橘は笑っている。
そんな様子を六角の二人は互いに顔を見合すと同じように笑う。
秋風と蒼穹の空がすごく心地よくて…
だから橘は思わず目を閉じてその世界を感じる。
ここに来ると何だかほっとして懐かしい気がするのは何故なのだろうか…

「橘さん、早く来て。こっちこっち。」
天根がまた手を大きく振って言ってくるので橘は目を開けると急いで二人の元へと向かう。
「遅いぞ。」
黒羽が笑いながらも何気にヘッドロックをかけてくる。
「痛いぞ、黒羽…」
「いいってことよ。」
「バネさん、ずるい…」
「うるせぇ、ダビ!」
何だかんだ言いつつも3人は楽しんでいるらしく先ほどから笑みが絶えない。

「そうだ、オレ。ちょっと手を洗いに行って来るわ。」
黒羽がそう言って二人の元から去ると残された橘と天根はのんびりと待つことにした。
「今日はいい天気だな。」
「うぃ。」
「何だか昼寝でもしたくなるな。」
「橘さん、昼寝する?」
「いや、いい。」
天根が橘の方を覗き込むように見つめると彼は軽く首を横に振って答える。
しかし本当にのどかな光景だ。
橘はそう思いながらススキの穂を触れたときだった、ピッという音とともに走った赤い糸
…それが見る見るうち彼の人差し指を染め上げていく。
「あ、血だ。」
切れた手をじっと見つめていた橘の変わりに天根が驚いたように声を上げる。
「大丈夫だろ…」
「大丈夫じゃない、バイ菌入ったら大変…」
そう言うが早い、天根はなんのためらいも持たずに橘の傷口を口に運ぶ。
「お、おい。」
橘は思わぬ出来事に戸惑い目を大きくさせて固まっている。
一方の天根は天根でそんな戸惑いに不思議そうな目をして橘を見つめた。
ちぅ〜〜。
と、言う音がやけに耳響くように橘は感じた。

一方、手を洗い急いで戻ってきた黒羽は天根が橘の指を咥えてしまう現場を
運悪くもジャストなタイミングで目撃してしまい出るに出れなくなっていた。
多分指を切ったかトゲが入ったのであろう…それに対して天根が他意もなく
治療しているつもりなんだとわかる。
が、それはなんというか絵になるような構図で…
胸にちくりと針で刺されたように痛みが走る。
そんな感情は今まで抱いたことの無い不思議なもので…
黒羽は胸を押させながらしゃがみこんでしまう。
(なんだ…この胸の痛みは…それに何でオレ隠れてるんだ…)
黒羽は胸を押えながら自問するが、自分で納得できるような答えもそこには無く…
(どうしちゃったんだよ、オレ…)
ペタリとしゃがみこんだまま動くことができない。

黒羽が立ち上がって二人の元へ戻ってきたのはそれから15分後のことであった。
二人とも怪訝そうに黒羽を見るのだが、彼は空元気な笑いでそれを誤魔化す。
まさかお前達の場面を見て出るに出れなくなったとは言えなくて…
それからの数時間は何だかよく覚えていないそんな感じになってしまう黒羽だった。

「じゃあね、バネさん。またね、橘さん。」
「またな、天根。」
「おう、じゃあな。ダビ。」
いつもの場所で天根との別れを告げると二人は黒羽宅へと向かって歩き出す。
先ほどからいつものような元気さが足りない黒羽に橘は何も言わないこそ
不思議に思っていた。
だから天根がいなくなったのを機会にそこの部分を聞こうと決意する。
「黒羽…今日は元気が足らんようだが…気分でも悪いのか?」
「え、いや…そんなことねーよ。子守りのバネさんは元気だぜ、ほ〜ら。」
そう言って元気よく屈伸をする黒羽に橘は冷静な瞳を送る。
「空元気だな…それは。天根に対してだてツッコミのキレが悪いとアイツも
 心配そうに言っていたぞ。」
天根の名前を出された時、黒羽は胸の奥がちくりと痛む感じがした。
今はそう…橘の口からは聞きたくない…名前だった。
「悪い…」
いつもと違って目を伏せて謝る黒羽に橘は首を傾げてしまう。
それからの家までの帰路二人は会話するわけでなく…ただ歩く。
楽しいはずの時間が…
あの一瞬の出来事で胸に奇妙な痛みと罪悪感を抱かせるそんな秋の夕暮れだった。


何だかいつもと違う…妙に緊迫した空気の中二人は夜を迎える。
いつものように蒲団を並べるとその上で二人は寛ごうとしていた。
「今日は…わざわざ来てくれてありがとな。」
「いや…こちらこそ毎回お邪魔してすまない。」
「オレはその…大歓迎だから。ダビだって…な。」
ダビという部分を言うのをためらいながらも黒羽はそう言うと
橘は柔らかく笑うとそうか…と洩らす。
「だが…今日はいつもと様子が違うが…何か知らぬうちにお前を傷つけたか?」
真っ直ぐな瞳が黒羽を捉えてそう尋ねる。
彼はその瞳を逃げるように目を伏せると
「何もねぇよ。」
と簡潔に答えた。
そう、自分でもわからない奇妙な感情が確かにそこにあって…でも説明はできない…
そんな思いを抱いたなんて言うことはできない。
「嘘をつくな。お前の嘘はすぐにバネる。」
橘が赤くなりながら何か大変なことを言ったのを黒羽は見逃さない。
そう、ツッコミのバネさんが許さない言葉を彼が言ったのに気付く。
「それを言うならバレルだろうが!」
思わず…そうとっさにヘッドロックをかけてしまってからしまった!と思うがもう遅い。
「やっと…元気になったな。」
橘はそう言って優しい眼差しを彼に向ける。
「あ…」
「やっとお前らしくなったな…」
「悪いな…心配かけて…」
ばつが悪そうに頭を書きながら黒羽は橘に謝ると彼はいい…と言いたげに首を横に振る。
「構わんさ。だが…手を洗いに行ってから何があったんだ?」
「そこまで…気付いていたのか…」
橘の言葉に黒羽は妙に感心してしまった。
よく気付いたな…と。
「…あのよ。笑わないで聴いてくれるか?」
「ああ。」
「そうか…」
黒羽はヘッドロックを解いた体勢からなぜか正座をして橘のほうを見る。
「あの時…ダビがお前の指を…その咥えているのを見て…なんていうか…その…
 出にくかったというか…胸が奇妙な感じになって…」
「!!…あの時、見ていたのか…」
橘は目を大きくして言ってくるので黒羽はああ…と頷く。
「そう…出るに出れなくて…お前達二人が悪くないのに…なんかダビに対して
 苛立ちを覚えちまって…今も…思い出すと苦しくて…」
彼はそう言うと大きく深呼吸。
橘に話しているうちに黒羽は自分が落ち込んだのか、どうして天根に対して苛立ちを
覚えたのかがおぼろげながらも理由が見えてくる気になる。
そう…その答えは一つなのだ。

「多分…ダビに妬いていた。」
「え?」
「ダビがお前に触れていたから妬いていた。」
自分の心が見えた瞬間、黒羽の心はすっきりと晴れ渡り…だから真っ直ぐな瞳で
橘を見つめた。
逆に橘は黒羽の言葉に驚いたようで目を大きくしたまま動かない。
「触れていいのはオレだけだって思っていたんだよ!」
最後は恥ずかしいからまたもやヘッドロックをかけながら黒羽は早口で言う。
「そうか…」
「そうなんだよ、だからダビにだって気安く触らせねぇからな。」

好きだとか言葉にするのはまだ早いから…
小さなヤキモチだけを言っておこう…と黒羽は思う。
その言葉はもうちょっと…もうちょっとだけ大事に取っておきたいから…
今のこんな関係も好きだから…まだ言わなくていいのだ。

窓の外から聞こえる鈴虫の音色が、秋が深くなったことを告げる。
笑顔の戻った二人の夜は長い。




バネさんのために慣れないダジャレなんて言ってみる
桔平さんの健気さにときめいたのは言うまでもありません。
そんな桔平さんが後輩といちゃいちゃ(え?)してたら
バネさんだってたまりませんよね(笑)
うーふーふーv

みいろさん、本当にどうもありがとうございました!


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蒼穹の楽園(管理人:みいろ様)



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